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zoom RSS 江戸時代の武士。挨拶の作法にも草書・行書があったの?

<<   作成日時 : 2013/01/23 08:07   >>

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★歴史★
問題:江戸時代の武士の話です。同輩同士が往来で出会ったときには、草(そう)の礼をとったらしい。草の礼とは互いに停止し、両手を下げて目礼するというものだそうです。
■勤務中などに上司にあったときは、行(ぎょう)の礼をとったそうです。停止して膝に両手をつけて丁寧に頭を下げます。座っているときも膝に両手をつけて頭を下げるらしい。
■草書・行書とは異なりますが、草の礼がいちばん省略されたやりかたである点は似ていますね。また行の礼は最高の挨拶ではないものの、かなりキチンとしたものらしい。
■書道では一点一画たりとも省略しない書きかたは楷書と呼ばれます。武士の挨拶の作法では真の礼というやりかただそうです。たとえば藩主に面会するとか、将軍に御目見得するなど、貴人との面会では、真の礼で挨拶をするらしい。
■扇子を自分の前に置きます。いわゆる三つ指をつくそうです。このとき、親指・人差し指・中指の腹は合わせるとのこと。できた菱形は崩さないように畳の上に置くらしい。その上に鼻が来るように頭を下げます。
■土下座とどこが違うのでしょうか。土下座は「貴人の通行の際に、ひざまずいて額を低く地面にすりつけて礼をしたこと」だそうです。地面にじかに顔をつけるかどうかが異なる点なのでしょうかね。
■ところで、この真の礼は、一種の防御姿勢でもあるそうです。では、真の礼にはどんな意味・狙いがあるのでしょうか? 下の中から正しい説明を選んでください。例によって正しい説明はないかもしれませんし、複数かもしれません。
[い]腕をとりにくいので、複数の人間による捕縛を逃れやすい
[ろ]首に腕を巻きにくいので、柔道の締め技がつかえない
[は]姿勢が低いので鉄砲や手裏剣がつかいにくい
[に]頭を押さえられても鼻を保護してあるのですぐに反撃できる
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]頭を押さえられても鼻を保護してあるのですぐに反撃できる
説明:もし頭を思い切り押し下げられたとき、菱形がつくられていないと、そのまま畳に鼻をぶつけ、鼻骨骨折になるかもしれません。そうなると反撃もしにくいようです。真の礼のように鼻を保護する形をとっておけば、腕力と背筋力を使って身体を起こし、敵につかみかかることもできるようです。何かの理由があって侍臣などに後頭部を押さえつけられたりしても、ちゃんと反撃できるのかな。上意討ちなんかなんのその。藩主であろうと斬り捨てる。そのぐらいの気持がないと、武士なんかやっていられないのかな。
■以前にも、武士の挨拶にこめられた不思議な意味を見ました*2。敷居に扇子を置くのはなんのためという話でしたね。頭を襖を挟まれないようにするというのが答えでした。頭を襖で挟まれ、驚いている隙に攻撃されるとひとたまりもないのかな。
■昔の人は、男は玄関の敷居をまたいだら7人の敵がいるといいました。襖の両脇には2人。貴人との面会では背中にそっと忍び寄ってくる怪しい奴もいるようです。あとの数人はどこに隠れているのでしょうね。
◆参考*1:書籍「時代劇のウソ・ホント」初版36〜37頁
◇*2HP「武士が扇子を敷居に置いたのはなんのためなの?」
http://blog.q-q.jp/201211/article_21.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
常に戦闘態勢ということですかね。
武士も大変だ〜

そういえば、御社とか弊社とかいういい方もいつごろから言い出したんですかね?
好きな言い方ではないんですが・・・ねこのひげの若いころはうちの会社とかおたくの会社とかですんでいた記憶があるんですがね。
ねこのひげ
2013/01/24 07:01
コメントをありがとうございます。

 弊社という言葉に興味を持ち、辞書で引いてみました。
弊社という言葉は、明治9年の使用例が掲載されていました。
⇒ヤフーの辞書検索…日本国語大事典(小学館)
 さらに明治7年の乗合馬車開業の広告にも使われていました。
「弊社今般欧米各国にて専ら行はるゝオムニボスと称する二階造りの馬車運転を始め、客三十人を乗せ、浅草雷門前より、新橋汽車ステーションまで、一時に達す…」
(「明治東京逸聞史1」初版31頁、森銑三著、平凡社、
ISBN4-582-80135-8)

 少なくとも明治時代には使われていた言葉のようです。もし、会社という言葉が人口に会社してからの話、失礼、膾炙してからの話であれば、「弊社」が広く使われ出したのは、幕末以降という推定もありえますね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/01/24 09:27

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