町人思案橋・クイズ集

アクセスカウンタ

zoom RSS 小津安二郎の誕生日にして命日。実はエロ映画も撮っていたの?

<<   作成日時 : 2012/12/12 07:23   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 4

画像
★歴史★
問題:本日12月12日は、映画ファンなら知らない人はいない小津安二郎(おづ やすじろう)の誕生日であり、かつ命日なんだそうです。生まれたのが明治36年(1903年)。亡くなったのは1963年(昭和38年)だそうです。満60歳での他界です。現代にしては少し早すぎましたね。
■小津安二郎は東京市深川区で生をうけています。子供のころは東京で、のちに家族が引っ越したため三重県松阪で成長します。中学は三重県立第四中学校、現在の宇治山田高校の寮に入りますが、5年のときに問題行動があったとかで退寮させられています。このころアメリカの映画を観て、心を動かされたらしい。
■神戸高等商業学校(現神戸大学)を受験して落ちます。浪人して三重師範学校を受験しますが、再び桜は散ります。一時は三重県の宮前尋常高等小学校で代用教員をして暮らしていたらしい。
■映画への憧れから教員を辞めて東京に帰り、親戚の伝手(つて)で松竹キネマ、蒲田撮影所に就職させてもらったそうです。大正12年(1923年)、満20歳ぐらいでしょうか。撮影助手の仕事で月30円をもらうことになったらしい。当時の物価は白米の価格だけで比べると、現在の2000分の1ぐらいでしょうか。30円は6万円に相当するのかな。撮影助手の仕事は給料が安いな。
■でも、好きな仕事ですから打ち込めたのでしょう。撮影助手の仕事以外にも、毎日のようにシナリオの習作を書いて修業していたそうです。そのうちの1本が城戸四郎(しろう)という松竹の重役の目にとまります。大正14年(1925年)の8月に城戸から「監督を命ず、ただし時代劇部」という辞令をもらったらしい。城戸四郎は、現在も城戸賞という脚本家の賞に名を残す映画界の重鎮ですね。
■満21歳という若さで監督を拝命した小津安二郎は、その後、たくさんの作品を残すことになります。戦前はガムシャラにさまざまな映画を撮っていたらしい。戦後は1年1作という寡作で知られた人でしたけれど。
■では、109回目の誕生日と49回目の祥月命日を記念し、小津安二郎氏の作品からのクイズです。次の映画の題名のうち、小津作品はどれでしょうか? (小津作品は無いかもしれないし複数かもしれません)
[い]「女房紛失」
[ろ]「肉体美」
[は]「その夜の妻」
[に]「エロ神の怨霊」
[ほ]「箱入り娘」
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]〜[ほ]すべてが小津安二郎の作品
説明:これらの題名が暗示するのはエロ映画ですね。でも戦前の検閲の厳しいころです。おそらくそんな激しい内容の作品は公開できなかったでしょう。現在の基準でみれば、軽いお色気ぐらいのものだったのかもしれません。残念ながら多くのフイルムが空襲等で失われ、いまや誰にもわからない作品が多いらしい。
■小津安二郎は、最盛期には、毎年5〜6本の作品を生み出していったようです。凄いペースです。いくら若くても疲れてしまいそうです。
■戦前、監督として酷使された小津は、戦争中は軍報道部映画班に徴集されたらしい。シンガポールに派遣され、国策映画を作らされたとのこと。未完成のまま終戦を迎えたようです。シンガポールでは、映写機の検査という名目で大量のアメリカ映画を観ることができたらしい。「嵐が丘」、「ファンタジア」、「レベッカ」、「わが谷は緑なりき」、「風と共に去りぬ」、「市民ケーン」なども鑑賞できたらしい。
■戦後は原節子(せつこ)、笠智衆(りゅう ちしゅう)らの俳優と、野田高梧(こうご)との脚本の共同執筆、日本の美の追求といういわゆる小津調が完成し、「東京物語」、「晩春」、「麦秋」、「お茶漬けの味」などの名作を1年1作のペースで生み出していきます。
■昭和37年(1962年)11月に芸術院会員に選出されます。おなじ月に最後の作品「秋刀魚の味」が公開されます。翌年4月がんセンターで手術を受けますが、12月12日に亡くなります。生涯を通して独身だったそうです。
◆参考*1:HP「小津安二郎 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B4%A5%E5%AE%89%E4%BA%8C%E9%83%8E

ぬけられます→歴史雑学クイズ一覧

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
現在公開中の映画『のぼうの城』の原作本は、城戸賞を受賞した脚本を脚本を書いた和田竜さんが、小説にしたものです。
受賞したのが、10年前で、なかなか映画化されないので、その間に小説にしたところベストセラーになったそうです。

しかし、全部とは思いませんでした。AVのタイトルみたいですね。
ねこのひげ
2012/12/12 07:53
コメントをありがとうございます。

 10年も待たされたというのは、すごいですね。結果がよかったので、笑い話で済みますけど。

 城戸賞が始まった当初は、すぐに映画化される作品もあったようです。「帰らざる日々(原題は夏の栄光)」、「オレンジロード急行」などは、すぐに映画化されました。
 「オレンジ〜」は、脚本を書いた当人が演出していたと記憶します。同世代の人間が観たかぎりでは、とても面白かった。
 ただし、映画館がガラ〜ンとしていたのは淋しかったですね。商売としては失敗だったようです。そんな前例があるので、受賞作品の映画化に躊躇するのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/12/12 08:17
ことしのはじめSF映画『ジョン・カーター』を一人で観ましたよ。
広い劇場で、一人なんて初めての経験でした。
『ジョン・カーター』史上空前の赤字だそうです。
でも面白かったですけどね・・・(^_^.)
ねこのひげ
2012/12/13 07:52
コメントをありがとうございます。

 1人しかいないというのは凄いですね。きっと、「ジョン・カーター」という映画は大赤字だったんでしょうね。製作費をたくさん使っているのでしょうから、気の毒ではありますが。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/12/13 13:39

コメントする help

ニックネーム
本 文
小津安二郎の誕生日にして命日。実はエロ映画も撮っていたの? 町人思案橋・クイズ集/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる