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zoom RSS みんなで同じ毒入りの食事をして1人だけ助かる方法があるの?

<<   作成日時 : 2012/10/23 06:57   >>

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★科学★
問題:戦国時代のお話です。石見国(いわみのくに、現島根県)のある村で名主が亡くなりました。名主は物持ちとして知られ、その遺産は現代の貨幣価値にすると数十億円ともいわれます。
■名主は金銀財宝に恵まれただけではありません。子宝にも恵まれていました。10人の男子がいたのです。跡取りはもちろん長男です。
■通夜の晩に長男から10男までが全員集まり、父親の遺徳を偲びつつ食事会が催されました。その直後です。長男から9男までが異常を訴え、嘔吐・発熱ののちに痙攣・意識混濁をもよおし、翌朝までに全員が苦しみながら亡くなってしまいました。
■多人数の変死です。奉行所に届けが出され、翌日すぐに取り調べが行なわれます。給仕していたものの話では、長男から10男まで全員がおなじ食事をたべ、おなじ飲み物を飲んでいたとのこと。10男だけがなにか特別なものをあとから摂ったという様子もないらしい。10男の名前は十郎太というのですが、十郎太の持ち物を調べてみても、特別な解毒剤らしきものはなかったようです。
■しかしどうみても十郎太が怪しい。取り調べにあたった者は、残された食事を犬に与えてみました。犬は人間とおなじような症状を見せてコロッと死んでしまいます。
■「おい十郎太。白状するなら今のうちだぞ。お前は何らかの方法で食事に毒を盛り、食べたふりをして自分だけ食べなかったのであろう。お前が白状すればよし。裁判員にも情けはある。白状しないのなら、兄弟とおなじものをたべさせるぞ。どうじゃ。白状するか。それとも兄弟と同様に苦しみながらあの世に行くか」
■「お奉行様、とんでもねえことでございます。私は無実です。ホントでございます。食事は一緒に食べたけれど、何もなかったんでごぜえます」。
■「だまれだまれ。う〜ん、しぶとい奴め。よし、こやつめに毒入りの食事をたべさせよ」。奉行や与力・同心・目明かし・鑑識課・科捜研の女など多くの関係者が見守るなか、十郎太は夕べの食事の残りを全部食べさせられました。関係者一同は固唾を呑んで十郎太の変化を待ちましたが、何時間経っても何事も起こりません。そのうち、十郎太も取り調べ側一同も眠くなって寝てしまいます。
■翌朝、裁決が出ます。十郎太は無罪。恐らく食事に毒キノコが入っていた。気付かずに全員がそれを食べたのであろう。たまたま特異体質で毒キノコに強い耐性を持っていた十郎太だけは生き延びたと考えられる。
■結局、十郎太は父親の遺産をすべて相続することになりました。周囲の人間はさまざまに怪しみましたが、奉行所の判断には逆らえません。事件から76日目。ようやく人の噂も絶えたある晴れた日、十郎太は父親と兄弟たちの墓に参り、なにやらつぶやいていました。「ありがとう、ありがとう。皆様のおかげで、生涯楽ができまする。いくら感謝しても感謝しきれません。ヒッヒッヒ」。
■では、十郎太はどうやって自分だけ助かったのでしょうか?
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★科学★
正解:日頃から鍛えていた
説明:十郎太が使った毒は、おそらくヒ素なのでしょう。江戸時代には「石見銀山鼠取り」がよく売られていたようです。実際には石見銀山ではヒ素は採掘されていなかったとのこと。戦国時代から知名度が高かったため、殺鼠剤のブランドとして利用されたらしい。石見国津和野にある銅や亜鉛の笹ヶ谷(ささがだに)鉱山では、副産物としてヒ素を産出したとのこと。こちらから入手したのかな。
■毎日、少しずつ毒を摂っていくと、身体にだんだん耐性ができてくる場合もあるそうです。参考資料*1によれば、シーザーよりも少し前に活躍した小アジアのポントス王トリダーテス6世という人物は、ふだんからいろいろな毒物を少しずつ服用していたとのこと。ふつうの人なら死ぬぐらいの量を食べさせられても大丈夫だったらしい。
■ヒ素を少しずつ飲むという習慣は、中国や欧州でも見られるそうです。中国では娘が生まれるとすぐに信石(読み不明)と呼ばれる薬、現代でいえば「無水亜ヒ酸」という毒を少しずつ服用させる例があったようです。この薬はメラニンの代謝に影響を及ぼすとのこと。色白の美人になれと願って飲ませたらしい。同時に、権力者のお目にとまったときに、嫉妬に狂った他の女性たちからの毒物攻撃にも耐えられる身体になるそうです。
■欧州では南オーストリアのシュタイエルマルク地方の人たちが同様に無水亜ヒ酸と推定される毒を服用していたらしい。普通の人間の致死量を飲んでも平気だったと、1751年(宝暦(ほうれき)元年)にオーストリアの内科医が報告します。でも当時の医学界では信用されなかったらしい。
■1875年(明治8年)に同地方のグラーツという町でドイツの内科医の学会が開かれたそうです。1人の農夫が招かれ、医師たちの前で400mg(0.4g)の無水亜ヒ酸を飲んでみせたとのこと。成人男子2人分の致死量だそうですが、まったく異常はなかったらしい。ようやく世界の医学界は「訓練次第でヒ素には耐性ができる」という事実を認めたそうです。
◆参考*1:書籍「化学トリック=だまされまいぞ」新書初版120〜124頁、山崎昶著、ISBN978-4-06-257608-6、講談社
◇*2HP「笹ヶ谷鉱山 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%B9%E3%83%B6%E8%B0%B7%E9%89%B1%E5%B1%B1

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ヒ素を少量づつ飲ませると、心臓マヒと同じ症状で死ぬため、毒殺とは気づかれにくいというのは推理小説や時代小説で読んだり、テレビドラマで見たことがありますが、まさか耐性が出来るとは・・・・\(◎o◎)/!ですね。
ねこのひげ
2012/10/23 07:58
コメントをありがとうございます。

 セントヘレナ島に流されたナポレオンは、イギリス当局により、ヒ素を少量ずつ飲まされて殺されたのかも…という説がありましたね。
 気の毒なボナパルト氏は耐性ができる前に致死量のヒ素が体内に蓄積してしまったのかもしれません。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/10/23 22:20

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