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zoom RSS ネルソン提督の誕生日。東郷平八郎と並び称せられる海将は船酔いの癖があったの?

<<   作成日時 : 2012/09/29 09:34   >>

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★歴史★
問題:世界三大提督というのがあるらしい。日露戦争の日本海海戦でロシアのバルチック艦隊に完勝した東郷平八郎、ナポレオンの海軍を撃滅したホレーショ・ネルソン、イギリス艦隊を破った独立戦争時の米海軍提督ジョン・ポール・ジョーンズだそうです。
■このうち、最後の人物はどんな人なのか。日本ではあまりよく知られていません。ジョン・ポール・ジョージならよく知られているのですが。リンゴを加えるとビートルズのメンバーですね。
■ホレーショ・ネルソンは1758年(宝暦(ほうれき)8年)の今日、9月29日に生まれたそうです。1758年(宝暦(ほうれき)8年)は、日本でいえば9代目将軍徳川家重(いえしげ)の治世下です。家重の小姓だった田沼意次がだんだんに出世し、ついに1万石の大名になったのがこの年だそうです。2代目市川團十郎が死去し、良寛(りょうかん)さんが生まれた年です。
■ネルソンは牧師の第6子として生まれたそうです。子供のころから勤勉でした。睡眠時間を削って学んだり働いたりしています。寝ると損だというのが口癖だったようです。嘘です。
■家計が逼迫していたので12歳ごろに親戚を頼って海軍に入隊しています。1777年(安永(あんえい)6年)に昇進試験に合格し、翌1778年(安永(あんえい)7年)に初めての指揮艦を得たらしい。満20歳前後です。
■フランスやアメリカの海軍と戦い、さまざまな戦功をあげたそうです。その人生のハイライトは、ナポレオンの海軍を撃破したトラファルガーの海戦でしょう。未曾有の国難から英国を救った功績を称えられ、ロンドンにはトラファルガー広場がつくられています。そこにはネルソン提督の銅像も飾られているそうです。この夏、五輪見物のついでに提督の姿を目にした人も少なくないでしょう。
■本日は、254年前の英国英雄の生誕を寿ぎ、ホレーショ・ネルソンについての雑学クイズです。次のうちで正しい記述はどれでしょうか? (正しい記述は無いかもしれないし複数かもしれません)
[い]海軍軍人のくせに船酔いするたちだった
[ろ]ある貴族の細君と不倫をしていたが、相手が大人物だったらしく、見逃してもらっていた
[は]戦闘で片手・片足を失っている
[に]「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」に似た言葉で戦闘員を奮起させるのに成功した
[ほ]最期は銃による決闘に負けて命を落とした
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]と[ろ]が正しい
説明:[い]海軍軍人のくせに船酔いするたちだった(○)
■Wikipediaによれば、「艦隊司令官でありながら生まれつき船酔いに弱かった」*2。にわかには信じがたい話ですね。日本でも咸臨丸に乗り込んだ勝海舟は、太平洋を横断するあいだずっと船酔いで部屋に引っ込んだままだったといわれます*4。名前が「海舟」ですからね。ひどい名前負けだな。
[ろ]ある貴族の細君と不倫をしていたが、相手が大人物だったらしく、見逃してもらっていた(○)
■細君がありながら、人妻エマ・ハミルトンと不倫をしていたとのこと。夫は、ウィリアム・ダグラス・ハミルトン卿という人物でした。妻の浮気を知りながらも、ネルソンは英国にとって必要な人材であるとしてそれを黙認したというのですから立派というか、太っ腹というか。ネルソンとの間にも友情を保っていたとのこと。
□エマ・ハミルトンは、美貌ではありましたが貧しい階層の出身だったらしい。貴族の旦那とはあまり話が合わなかったのかもしれません。ネルソンの子供を2人産み、1人はすぐに亡くなりましたがもう1人はネルソンの死後まで生き続けたようです。最初の子供を出産した場所はハミルトン卿が借りた家だったらしい。なんとも不思議な関係です。現代の我々と同様に、当時の人々も関心を抱いたらしく、「新聞は彼らの動向や、エマのファッション、家の内装、ディナーパーティのメニューまで掲載した」とのこと。
□ネルソン提督はエマに心を奪われましたが、自分の妻とは別れずに、お金はずっと送り続けていたようです。
□余談です。「公認されない肉の歓び」は人生の中でいちばん深い悦楽をともなうものだそうです。他人の妻を盗むのは非公認の肉欲です。ところが相手の旦那も認めちゃっているし、自分の妻も文句を言わないというのは、どういうものなのでしょうね。ネルソン君はホントに楽しかったのかな。
[は]戦闘で片手・片足を失っている(×)
■戦闘で失ったのは片手と片目だそうです。隻眼(せきがん)・隻手だったわけですね。Wikipediaのエマ・ハミルトンの項には、次のような記述があります。「5年後、アブキールの戦いで戦勝してネルソンは再びナポリへやってきた。彼の容貌は様変わりしていた。彼は片腕と歯のほとんどを失い、ひとしきり続く咳に悩まされていた。エマは彼と再会すると、異様な容貌に失神してしまったという」。
□ところがその後すぐにエマはネルソンと恋に落ちるようです。ネルソンはきっと男の中の男なのでしょう。見た目なんか関係なかったようです。
[に]「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」に似た言葉で戦闘員を奮起させるのに成功した(×)
■ネルソンはトラファルガーの海戦の直前に、兵士たちを鼓舞する信号旗を掲揚したらしい。「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」。現在も名文句として残るそうです。
□ところが当時、現場にいたものにはたいへん不評だったとのこと。「今さらいわれなくても義務は果たしている」と不満の声があがったらしい。兵の士気に悪影響を及ぼすとして信号旗のメッセージを乗員に伝えなかった艦長もいるらしい。次席指揮官のカスバート・コリングウッドという人物は、戦闘開始寸前に、戦闘指揮とは関係無い信号の伝達に不満を感じたと書き残しているとのこと。
□なお、「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」は東郷平八郎の言葉だそうです。わが連合艦隊においても、「もう十分努力しているじゃん。いちいちうるせぇんだよ」という不満は出たのでしょうか。内心はあったかもしれませんけど、口に出していう人はいなかったかな。
[ほ]最期は銃による決闘に負けて命を落とした(×)
■最期はトラファルガーの海戦のさなかに戦死したそうです。狙撃兵の銃弾に倒れたとのこと。「神に感謝する。私は義務を果たした」というのが最後の言葉だったらしい。
□遠方から砲撃し、敵の艦船に損害をあたえてから接近して移乗するのが当時の定石だったようです。ネルソンの戦法はいきなり接近戦だったとか。フランス・スペイン連合艦隊の船列に突入して乗り込み、白兵戦を戦うというものらしい。意表に出る戦法にフランス・スペインの艦隊は少し混乱をきたし、イギリス艦隊が勝利を収めます。ただ、肉を切らせて骨を切るような際どい戦法でもありました。総司令官が戦死するという大きな代償を支払ったようです。
□ネルソンの遺骸は腐敗を防ぐために、樽に入れ、ラム酒漬けにして本国まで運ばれたとのこと。気の毒なような、羨ましいような。
□ところが、ネルソンを漬けたラム酒は、水兵たちが盗み飲みしてしまったそうです。英国に到着したときには樽は空っぽになっていたとのこと。偉大なネルソンにあやかろうとした行動だったという好意的な解釈があるそうです。ホントは単に酒が飲みたかっただけかもしれませんけど。以後、ラム酒は「ネルソンの血」と呼ばれることもあるらしい。
◆参考*1:HP「世界三大提督 - 航空軍事用語辞典++」
http://mmsdf.sakura.ne.jp/public/glossary/pukiwiki.php?%C0%A4%B3%A6%BB%B0%C2%E7%C4%F3%C6%C4
◇*2HP「ホレーショ・ネルソン - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3
◇*3HP「東郷平八郎 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%83%B7%E5%B9%B3%E5%85%AB%E9%83%8E
◇*4HP「勝海舟 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%9D%E6%B5%B7%E8%88%9F
◇*5HP「エマ・ハミルトン - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
公認されちゃうとおもしろくないでしょうね。

ネルソンのはいたラム酒を飲むとは、船員たちも豪快ですね。
ミステリー小説で、シャリー酒を飲み終えたら、樽の底から、人骨が出て来たというのがありましたけどね。
これが、ヒントだったのかな?
そういえば、東郷平八郎のラベルをはったトウゴービールというのがフィンランドにありました。
いまもあるのかな?
ねこのひげ
2012/10/01 05:02
コメントをありがとうございます。

 オリジナルのトウゴービールは1971年(昭和46年)から平成4年(1992年)まで販売されていたそうです。

 その後、フィンランドの醸造会社は買収され、現在ではオランダで作られたビールに東郷元帥のラベルを貼ったものが販売されているとか。

 元々は6人の提督のラベルで、そのうちの1枚が東郷平八郎だったようです。その後、24人の提督になってしまい、有難味も少し薄まってしまったらしい。そのかわり、山本五十六のラベルも登場しているとWikipediaの東郷平八郎の項には書いてありました。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/10/01 05:42

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