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zoom RSS 「仮名手本忠臣蔵」大序(だいじょ)の台本からの読み問題。「銀杏」はなんと読むの?

<<   作成日時 : 2012/07/23 06:45   >>

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★日本語★
問題:科学の論文では、引用回数の多い論文が値打ちがあるらしい。それだけ人々の耳目を集めており、かつ信頼に足る内容である証拠なのでしょう。
■日本の古典芸能のなかで、いちばん「引用回数」の多い作品はなにか。「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」であることは間違いありません。もともとは人形浄瑠璃の作品だったのが歌舞伎に移植されたらしい。18世紀中ごろに登場してから、じつに多くの人々が観劇してきました。上演回数も多い。ひょっとしたら、西洋のシェークスピアの芝居よりも多くの観客を集めているかもしれません。歴代累積観客数を裏付ける証拠があれば、ギネスブックに掲載されるかな。
■影響力も多大です。講談や浪曲・落語などには「仮名手本忠臣蔵」にちなんだ話が数多くあります。落語では、「仮名手本忠臣蔵」にちなんだ噺ばかりを集めたCD12枚組のシリーズがあるぐらいです。
■本日は、この「仮名手本忠臣蔵」の大序の台本からの熟語の読み問題です。大序は、「義太夫節で、時代物の第一段の最初の部分。特に、『仮名手本忠臣蔵』の第一段「鶴ケ岡」の段をさし、歌舞伎でもこの場の通称に用いる」とのこと。
■では早速大序の熟語に挑戦していただきましょう。次の熟語はなんと読むでしょうか?
[い]銀杏
[ろ]床几
[は]注連縄
[に]卒爾
[ほ]詮方ない
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)



























★日本語★
正解:各項目を参照してください
説明:[い]銀杏はいちょうと読む
■「銀杏」は、「イチョウ科の裸子植物」だそうです。4億年前から生き延びてきた珍しい樹木らしい*3。何回かあった生物大絶滅の危機、例のユカタン半島への巨大隕石の衝突直後もふくめて、みごとに乗り越えてきたしぶとい生命なんですね。
□銀杏と書いて「ぎんなん」とも読むそうです。「ぎんあん」が元の発音だったらしい。続けて読むと、「ぎんなん」になってしまいます。銀杏(ぎんなん)の外皮は杏(あんず)と同様で黄色味を帯びています。銀杏の食べる部分は緑色です。どこに銀色があるのかと思ったら、固い殻の部分はまぁ銀色といえないこともありません。これかな。
□「仮名手本忠臣蔵」では次のように使われていました。「…舞台、下(しも)の方に注連繩を張りたる銀杏の大樹…」。舞台装置を説明するト書きの部分です。
[ろ]床几はショウギと読む
■「床几」は、「脚を打ち違いに組み、尻の当たる部分に革や布を張った折り畳み式の腰掛け」だそうです。陣中・狩り場・儀式などで用いられたとのこと。近ごろでいえばディレクターズ・チェアの背中がないやつかな。単なる携帯型の簡易椅子かな。
□「数人掛けられる程度の横長に作った簡単な腰掛け台」も床几だそうです。縁台に似ています。だから縁台床几というのかな。失礼、夏の夕涼みに行なわれていたのは縁台将棋でしたね。
□「仮名手本忠臣蔵」では次のように使われていました。「…二重の中央に直義(ただよし)。金鳥帽子(えぼし)、装束にて床几に掛かり、上手に師直(もろのお)、立烏帽子…」。やはりト書きの中です。直義は足利直義で尊氏(たかうじ)の弟にあたる人ですね。後に殺されてしまいますが、この時点では日本で2番目の偉いさんかな。その手下の高師直などが板付き(いたつき、幕があがるとすでに舞台に登場していること)で並んでいるようです。
[は]注連縄はしめなわと読む
■「注連縄」は、「神を祭る神聖な場所を他の場所と区別するために張る縄」だそうです。一種の結界かな*4。「魔除けのために新年に家の入り口などに張る縄」も注連縄だそうです。
□注連縄は、「七五三縄」とも表記します。幹になる横方向の太目の縄に、一定の間隔を置いてわらを三筋・五筋・七筋と枝のように垂らし、その間に紙四手(かみしで)などを垂らすから「七五三の縄」だそうです。
□「仮名手本忠臣蔵」では次のように使われていました。「…舞台、下(しも)の方に注連繩を張りたる銀杏の大樹…」。場所が鶴岡八幡宮です。芝居のほうの時代設定は、足利直義が生きている時代ですから正平(しょうへい)7年[南朝](1352年)よりも前です。その100年余り前には源実朝が大銀杏の脇で公暁(くぎょう)に暗殺されています。怨霊なんかを封じ込めるために注連縄が張られているのかもしれません。
[に]卒爾はソツジと読む
■「卒爾」は、「にわかなこと」だそうです。「だしぬけ」とか「突然」と言い換えられるらしい。おなじ「仮名手本忠臣蔵」の五段目山崎街道では、「卒爾ながら火を御貸し(おんかし)くだされ」と今は猟師に身を落とした早野勘平(かんぺい)が旅姿の武士に頼む場面があります。「突然で失礼だが」という意味らしい。
□勘平が相手の顔をよくみればかつての同僚千崎弥五郎(やごろう)です。久しぶりの再会を喜びあうのですが、しばらくあとには忠臣蔵をつうじて最大級の悲劇が待っています。
□卒爾は、「軽はずみなこと」という意味もあります。「仮名手本忠臣蔵」では次のように使われていました。「若狭 イヤ左様にては候まじ。この若狭之助が存ずるは、これは全く尊氏公の御計略、新田が徒党の討ち洩らされ、御仁徳を感じ、攻めずして降参さする御手段と存じ奉れば、無用との御評議は、ちと卒爾かと存じまする」。桃井(もものい)若狭之助という武将が悪役高師直の意見に反論している場面です。
□傲慢な高師直は正論を述べる桃井若狭之助をイジメ倒そうとします。若狭之助の家来加古川本蔵が裏から手を回して贈り物をたくさん渡します。高師直のパワハラは若狭之助の同僚塩冶判官(えんやはんがん)に向かっていき、松の廊下での刃傷沙汰へと展開していきます。
[ほ]詮方ないはせんかた(ない)と読む
■「詮方ない」は、「なすべき方法が見つからない。どうしようもない」という意味だそうです。今様では「仕方ない」ですね。「是非に及ばず」ともおなじ意味かな*5。
□「仮名手本忠臣蔵」では次のように使われていました。「〽御先を払う声々に、詮方なくも期を延ばす、無念は胸に忘られず、悪事さかって運強く、きられぬ高師直を、明日の我が身の敵とも、しらぬ塩冶が跡押え、直義公はしず/\と、歩御なり給う御威勢」。
□イジメを受けた桃井若狭之助は、十一段目まである芝居の一段目で、はやくも高師直を斬り捨てようとします。たまたま足利直義が帰るので仕方なく後日に延期するわけですね。この日の深夜に加古川本蔵が賄賂を持って高師直邸を訪れることになります。
◆参考*1:書籍「名作歌舞伎全集2 忠臣蔵・菅原伝授・義経千本桜」初版20〜25頁、戸板康二他監修、東京創元社
◇*2HP「常用漢字表:文部科学省」
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/k19811001001/k19811001001.html
◇*3HP「イチョウは植物なのに精子を作って生殖するの?」
http://blog.q-q.jp/200706/article_38.html
◇*4HP「番頭が座る帳場。形ばかりの仕切りを何と呼ぶ?」
http://blog.q-q.jp/200606/article_91.html
◇*5HP「落語の言葉。「ぜひにおよばぬ」とはどんな意味なの?」
http://blog.q-q.jp/200801/article_4.html
◇辞書「字通」白川静、平凡社
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞泉
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞林

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
比較する文献があれば比べてみたいですね。
シェークスピアもずいぶんありますからね。
ハムレットと忠臣蔵だったら忠臣蔵かもしれませんね。

谷中におおきな銀杏の木が何本かあって、秋になると早朝からおばさんたちが拾ってます。
ねこのひげ
2012/07/23 07:12
コメントをありがとうございます。

 進駐軍は、忠臣蔵の上演を禁止したと聞きます。戦後の日本人に復讐の快感を想起させまいとしたのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/07/23 13:13
「仮名手忠臣蔵」は世間に知られていない赤穂事件を掘り起こして"全国的な逸話"にしてしまいました

愛知県西尾市吉良(きら)町。吉良の殿様は名君のまま、郷里の偉人で後世に伝えて欲しいもの

12月14日は吉良の命日だけです。時間があれば焼香に行きますよ
sadakun_d
2012/08/28 22:18
コメントをありがとうございます。

 赤穂浪士たちの討ち入りは元禄15年12月14日。幕府の処断が出て切腹は翌元禄16年2月4日。そのちょうど2週間後の2月16日には、すでに復讐劇が江戸中村座にかかったそうです。
(名作歌舞伎全集02丸本時代物集より)
 芭蕉の弟子である其角は、友人への手紙で赤穂浪士たちの快挙が芝居になったと書いているらしい。
 この芝居はわずか3日で幕府から上演禁止とされてしまいます。表現や言論の自由のない時代ですね。

 現在の「仮名手本忠臣蔵」そのものは、寛延(かんえん)元年(1748年)8月14日に初めて大坂竹本座で人形浄瑠璃として演じられました。45年が経過し、関係者もほとんど死没しています。ほとぼりが冷めていたので幕府も黙認したようです。
(^^;)
sadakun_d様<素町人
2012/08/29 12:56

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