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zoom RSS 江戸末期にいちばんの料亭と目されていたのはなんという店なの?

<<   作成日時 : 2012/07/21 08:46   >>

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★歴史★
問題:参考資料*1には、江戸時代末期、安政(あんせい)6年(1859年)の江戸料理茶屋の番付が掲載されています。そこには料理茶屋の名前が184店も掲載されているらしい。
■なかでいちばん大きな文字で行司の欄に書かれている料理茶屋は、現代まで引き続き一流の料理店として名高い店だそうです。行司の欄に書かれるのは、衆目が認める一流店ということらしい。ホントに審査したかどうかはしりませんが、審査員の立場であり、一般の料理店に比べて格が上という意味らしい。
■では幕末の江戸で超一流の評判をほしいままにし、現代にまで引き継がれている料理店とは次のどこの店でしょうか?
[い]吉兆(きっちょう)
[ろ]百川(ももかわ)
[は]八百膳(やおぜん)
[に]辻留(つじどめ)
[ほ]なだ万(なだまん)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]八百膳
説明:八百膳という店はいまでも営業中だそうです。一流の店だそうです。
■享保年間(1716〜1736年)に浅草山谷で創業したらしい。文政年間(1818〜1830年)の四代目の栗山善四郎(ぜんしろう)が文化人と多く交流したそうです。文政(ぶんせい)5年(1822年)に「江戸流行料理通」という料理の指南書は、蜀山人(しょくさんじん)や亀田鵬斎(ほうさい)が序文を書いているとのこと。さらに谷文晁(ぶんちょう)、葛飾北斎(ほくさい)らが挿し絵を描いたというのですから超豪華な本ですね。
■蜀山人は得意の狂歌で当代の名人を並べ、「詩は五山(ござん) 役者は杜若(とじゃく) 傾(けい)はかの 芸者はおかつ 料理八百膳」と詠んだらしい。この狂歌にはいくつか微妙に異なるものがあるそうです。「傾はかの」のところを「狂歌おれ」という歌もあるらしい。そのほうが面白いですよね。
■ちなみに五山は菊池五山(ござん)という漢詩人です。菊池寛(かん)は五山とかすかに血がつながっているらしい*2。杜若は女形で知られる五代目岩井半四郎(はんしろう)だそうです。元は俳名が杜若、のちに改名して芸名を岩井杜若としたそうです。釣りキチ弘樹と別れた仁科亜希子は杜若とかすかに血がつながっているかもしれません。父親が十代目岩井半四郎だそうです。「傾はかの」の傾は傾城(けいせい)の意味かと思われます。「かの」なる女性はどこの店のナンバーワンだったのかな。わかりませんでした。「おかつ」という芸者さんについても詳細は不明でした。
■八百膳は、ペリー来航時には、饗応料理の担当に指名されたとのこと。代々の将軍も客だったといわれます。この店には、一両二分の茶漬けという有名な話があります。食通が茶漬けを一杯頼みます。なかなか来ません。この食通も閑な人らしく、半日も待っていたらしい。ようやく出たのは、飯とかくやの漬物*3、土瓶の煎茶だけ。ごちそうさま、勘定は? はい、1両2分でございます。
■腕のいい大工の月収が2両ぐらいの時代の1.5両です。そりゃ驚きますよね。八百膳の説明では、「茶漬けは水が命。近所にいい水がない。多摩川までやって汲んで来させた。その運賃である」とのこと。茶漬けなんか注文する人はいなかったので、頭に来て意地悪をしたのかな。そんなことはないか。
■船場吉兆は醜聞にまみれましたが、船場以外の吉兆はいまでも一流店だそうです。百川は八百膳とともに料理茶屋番付の行司欄に掲載されていました。字は八百膳より小さめでしたけど。落語の「百川」に名前を残す店ですね。
▼参考資料*1の料理茶屋番付。一番下の真ん中に八百膳の文字、その右上に百川の文字が見える
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■辻留となだ万は、関西系の料理屋です。吉兆もそうでしたね。辻留はわりと新しい。江戸時代にはなかったようです。なだ万は江戸時代からあったようですが、江戸には進出せず、東京と名前がかわってから来たらしい。
◆参考*1:書籍「大江戸番付づくし」簡装版14〜20頁、石川英輔(えいすけ)著、ISBN4-408-53404-8、実業之日本社
◇*2HP「菊池家系図」
http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kyouiku/bunkabu/rekisi/naiyou/kodomo/gozan/gozan/keizu.htm
◇*3HP「落語で使われる昔の言葉。「お先煙草」ってなんなの?」(かくやの説明)
http://blog.q-q.jp/200811/article_29.html
◇*4HP「八百善 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%99%BE%E5%96%84

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
浅草山谷にあったということは、目の前が吉原だったからでしょうな〜

以前、デパ地下でなだ万の弁当を買って帰ろうとしたら、ただならぬ雰囲気だったので、奥の方を見たら、白髪頭の超ベテランの料理人みたいな人が、料理を端につまんで口に・・・・・
たぶん、一番上の料理長かなだ万の主人だったんでしょう。
ピリピリしてました。
ねこのひげ
2012/07/22 05:59
コメントをありがとうございます。

 なるほど。気が付きませんでした。山谷と吉原は近い。吉原に近いと、客の財布のヒモもついつい緩みがちになるのかもしれません。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/07/22 13:51

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