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zoom RSS 信長の前で懐中時計を見せびらかした武将とは誰なの?

<<   作成日時 : 2012/07/14 07:34   >>

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★歴史★
問題:以前、弊クイズでご紹介しましたとおり、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の二段目には目覚まし時計が登場する台本があります*1*3。参考資料*1からそのまま引用しますと、
---    ト九ツの時計鳴る(ト書き)。
---    〽人や聞くと、あたりに気をつけ、
---本蔵 未だ九ッ。くったりと一休み。枕時計の目覚まし、本蔵が仕掛け置く。早く/\。
加古川本蔵(ほんぞう)という家老が「目覚まし時計は自分が仕掛けるので早く寝てください」とお殿様(桃井若狭之助)に言っている場面ですね。「九ッ(ここのつ)」は現在の深夜0時かと思われます。
■高師直(こうのもろのお)が敵役として登場するぐらいですから、時代設定は室町初期です。にもかかわらず、機械式の目覚まし時計が登場するあたりがなんとも面白い。当時は時代考証はしなかったのかも。
■ところで、戦国武将の中にも懐中時計を持っていて、織田信長の前でそれを見せびらかした(?)人がいるとのこと。今でも人前でやたらと時間を気にして、西洋産の老劣楠/尾目蛾/把堤苦・火陸などのブランド腕時計をひけらかす人がいます。似たような行為だったのかな。
■ではこの嬉しがりの大名は次の誰だったのでしょうか?
[い]山内一豊(かずとよ)
[ろ]松永久秀(ひさひで)
[は]丹羽秀長(ひでなが)
[に]蒲生氏郷(うじさと)
[ほ]池田恒興(つねおき)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)
























★歴史★
正解:[い]山内一豊(かずとよ)
説明:ご存じ「山内一豊の妻」の旦那です。カミサンのヘソクリで家臣の誰も手を出せなかった高価な名馬鏡栗毛(かがみくりげ)を入手します。天正(てんしょう)9年(1581年)、織田信長の観兵式「京都馬揃」で認められました。加増になったらしい。この観兵式は明治以前では最大規模のものだったといわれます。
■馬で味をしめ、今度は時計でというわけでしょうか。山内一豊は南蛮渡来の懐中時計をみせびらかしたことがあったようです*2。懐中時計といっても現在の目覚まし時計ぐらいの大きさだったそうです。フトコロにはとてもおさまらないですね。時計を見た信長の反応はどうだったのかな。知りたいところですが資料にはありませんでした。
■少し時が流れて江戸時代には、庶民は鐘で時を知りました。市中には8箇所の標準時鐘があったそうです。上野寛永寺、浅草浅草寺、芝切り通し、本所横川町、市谷八幡、目白不動、赤坂田町成満寺、四谷天龍寺とのこと。これらの寺には和時計の大型のものが据え付けられており、正確な時を計っていたといいます。
■江戸城では時報として大きな太鼓を打ったようです。その時間は、御時計の間に設置された3基の御時計によるものだそうです。御時計奉行がこの時計を管理したそうです。ご存じのように、日本ではいつでも日の出が明け六ッ(あけむつ)、日の入りが暮れ六ッ(くれむつ)です。この間を6つに区切りました。五ッが8時、四ッが10時、九ッが12時、八ッが2時、七ッが4時です。季節によって明け六ッ・暮れ六ッは変わっていきます。不定時法と呼ばれるそうです。
■落語の時そば・時うどんでは、賢い人は深夜0時ごろに食べたようですね。16文の蕎麦代を1文銭で支払います。八ッまで数えて「今何どきだ?」、「九ッで」、「十・十一・十二…」と勘定して1文ごまかします。真似をする愚かな奴は、翌日、気がはやって少し早め、夜10時ごろに蕎麦を喰ったようです。八ッまで数えて「今何どきだ?」、「四ッで」、「五・六・七…」と勘定して、まずい蕎麦に余分な銭を支払ってしまいます。
■では問題です。真似して失敗した男はいくら損したのでしょうか? 答…全部で20文払っています。正規の料金との差額は4文。不謹慎な思惑との差額は5文になります。
◆参考*1:書籍「名作歌舞伎全集2 丸本時代物集1」初版30頁、戸板康二他監修、東京創元社
◇*2書籍「お江戸街めぐり」文庫初版135頁、樋口清之(きよゆき)著、ISBN4-309-47149-8、河出書房新社
◇*3HP「歌舞伎の作品に目覚まし時計が登場するのはどの演目なの?」
http://blog.q-q.jp/201002/article_6.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
よく首をはねられなかったものですね。
西洋式の機会時計はザビエルが大内氏に献上したという記録があるから、そのころに懐中時計も一緒にはいたのかもしれませんね。

学研から出ている『大人の科学』の和時計を作ったことがあります。
なかなかおもしろかったです。
ねこのひげ
2012/07/14 07:51
コメントをありがとうございます。

 16世紀には、西洋の機械式時計が日本に入り込んでいたわけですね。長い航海のあいだには潮風の影響で錆びたりしそうですけど、大丈夫だったのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/07/14 18:04

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