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zoom RSS 銅鐸がいちばん多く見つかっているのはどこの県なの?

<<   作成日時 : 2012/06/20 07:57   >>

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★歴史★
問題:小学校のとき、歴史を習い始めます。最初のころ疑問に思って心にひっかかったことのひとつは銅鐸の用途ですね。教科書にも曖昧な表現しかなかったような記憶があります。ようするにわかっていなかったのかな。
■中国には銅鈴(どうれい)と呼ばれる楽器らしきものがあるらしい。銅鐸も鐘とおなじような働きをするものかもしれません。中に棒がぶらさげられ、振るとカーンという金属音のするものもあるらしい。やっぱり楽器でしょうかね。
■漢字の「鐸(たく)」は、漢和辞書「字通」によれば「タク、おおすず、かね、ふうりん」という字音・字訓があります。五重塔などの屋根のとがった四隅をよくみると、金属製の飾りがぶらさがっていることがあります。あれは「風鐸(ふうたく)」と呼ばれる一種の風鈴である…と落語の枕で聞いたことがあります。
■現在いちばん強い意見は、銅鐸は祭祀用という説だそうです。ただし、祭祀とはいっても、具体的にどのように使われたかは、よくわかりません。稲作に関係すると見られています。祭りの日に楽器として鳴らし、音とリズムにあわせてみんなで踊り、そのあとに神様やご先祖様に供えたのかな。
■なお、銅鐸と呼ばれ出したのは、明治時代のことだそうです。江戸時代には蛹(さなぎ)と呼ばれていたらしい。おおむね横たわった姿で出土し、蛹に形が似ていたからだそうです。製造されていた当時の呼び名はもちろんわかりません。
■銅鐸は全国で約500個もみつかっているそうです。では、いちばん多く見つかっている県は次のうちどこでしょうか?
[い]兵庫県
[ろ]滋賀県
[は]和歌山県
[に]徳島県
[ほ]島根県
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]兵庫県
説明:Wikipediaによれば、平成13年(2001年)3月末の段階で、文化庁は次のように発表しているらしい。兵庫県がいちばん多く、ベストファイブは近畿・中国・四国にあるようです。
---兵庫県……56点
---島根県……54点
---徳島県……42点
---滋賀県……41点
---和歌山県…41点
■縄文時代にはドングリが採集できる東日本に人口の9割が集中していたという話もあります。弥生時代に入り、稲作が普及すると、西日本に人口が移動したのでしょうか。
■銅鐸のサイズは12cmから1mを超すものまであるらしい。1世紀ごろには60cmぐらい。2世紀には1mを超えるものも製造されています。現存する最大の銅鐸は144cmもあり、45kgぐらいあるとのこと。矢口真里(まり)という元「ミニモニ。」のタレントに身長と体重はかなり近いらしい。
■なお、本物の銅鐸は、教育機関や博物館などが所有しているらしい。個人所有はほとんどないようです。売り物として市場にでることもほとんどありません。入手困難品ですね。模造品はいくつか販売されています。参考資料*3には30万円で復元銅鐸が紹介されていました。なかなか面白い置き物ですけど、30万円ですからね。追って儲かり次第入手して鳴らして遊ぼうかな。
◆参考*1:HP「銅鐸 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%85%E9%90%B8
◇*2HP「銅鐸とその時代」
http://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/data/kouko/45dotaku.htm
◇*3HP「絵画銅鐸 > 銅鐸 > 青銅器・金属工芸・復元銅鐸 ◇ 和銅寛 オンラインショップ ◇」
http://wadokan.ocnk.net/product/39

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
何に使っていたんですかね?
祭りの道具というのが妥当でしょうけど。
いぜん、すき焼き鍋みたいにして使っていたんじゃあないの?という奴がいました。
ねこのひげ
2012/06/21 05:11
コメントをありがとうございます。

 当時は貴重だったはずの金属を使い、表面に文字にも見える模様や絵を記しているところをみると、実用に供したとは考えにくい。台所や野外での煮炊きに使われるのではなく、葬祭用と見るのが自然なのでしょうね。
 もうひとつ、富や共同体内での地位の象徴としての役割はあるのかもしれません。12cmの小さい奴は小金持ち。1mを越えるでかいのを持っている奴は地域のボスだったりして。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/06/21 08:22
「銅鐸」の用途不明で「日本史」に掲載でした。明確な銅鐸の意味がわかれば原日本人もわかってきそう

ただ東北には出土しないことは有名。"弥生時代=銅鐸文化"だとしたいが矛盾しちゃう…考古学に期待します
sadakun_d
2012/06/21 10:23
コメントをありがとうございます。

 古代五輪の記念メダルだったという可能性も指摘されています。
 金鐸・銀鐸・銅鐸の3種類がありましたが、金と銀は価値があるので鋳つぶされたといわれます。銅メダルばかりが残ったわけですね。
(^^;)
sadakun_d様<素町人
2012/06/22 14:40
古代文明(出雲等)は近代的な文化だった可能性が高い(笑)。オリンピック開催も不思議ではないような「月刊誌ムー」の世界

ところで「1位金2位銀3位銅」の順列って…誰が決めて定着? 古代オリンピアは月桂冠でしたが
sadakun_d
2012/06/23 08:45
コメントをありがとうございます。

 1896年(明治29年)の近代五輪第1回アテネ大会では、1位が銀、2位が銅、3位以下は何もなしだったという話があります。財政難だったらしい。昔も今もギリシャは金に苦しんでいますね。

 近代では、大学等の成績優秀者の表彰には金銀銅のメダルが授与されることがあったらしい。そのあたりが発祥という可能性もありそうですね。
(^^;)
sadakun_d様<素町人
2012/06/23 18:01

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