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zoom RSS 女犯の罪で男根切断。ひどい処刑をされた美男僧は誰の弟子だったの?

<<   作成日時 : 2012/03/21 06:47   >>

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★歴史★
問題:ある美男僧のお話です。顔立ちだけでなく、声もたいへんよかったらしい。この僧とコンビを組んでいたもう一人の僧侶も美声だったとのこと。2人が念仏を唱えたり、「六時礼讃(ろくじらいさん)」の経文に節をつけて読み上げると、どこからともなく人々が集まり、みんなで唱和する集いになったそうです。「六時礼讃」というのは法要、宗教儀式のひとつだそうです。「1日を6つにわけて読経・念仏・礼拝を行なう」とのこと。
■昔々、美男の僧侶が行なう念仏や講話、説教などは、テレビの人気番組のようなものだったらしい。娯楽の少ない時代だからでしょうか。視聴者参加番組のような形であり、みんなで念仏を唱えたりすると、恍惚とする人が少なくなかったといいます。声を出すことは肉体の陶酔を伴う。現代ではカラオケボックスでみなさんが実証されている生理的事実ですね。
■この美男僧はあるたいへん著名な僧侶の弟子だったそうです。ところが美男僧はちょっとした過ちを犯してしまいます。時の実力者である上皇が熊野に御幸されたとき、本来なら随行すべき女房たちと都にとどまり、一夜を過ごしてしまったらしい。
■京都に戻ってきた上皇は密通されたと激怒し、単に美男僧を殺すだけではあきたらず、局部を切り取ってから斬首というものすごい刑を科したといいます。さぞや痛かったでしょう。お気の毒です。
■コンビを組んでいたもう一人の僧も殺されます。難は美男僧の師匠にも及びます。師匠や高弟は地方に流されてしまったとのこと。
■当時アイドルタレント並の人気を誇ったこの僧侶の名前はじゅんさいといいます。秋田の名物、寒天質の透明な粘液で覆われた野菜ではありません。遵西と書くそうです。
■ではこの美男僧遵西の師匠とは次のだれでしょうか?
[い]空海
[ろ]空也
[は]法然
[に]親鸞
[ほ]日蓮
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]法然
説明:弊クイズでも3週間ほど前に取り上げた坊さんです。平安時代の末期から鎌倉時代の初期にかけて活躍した人物ですね。法然房・源空(げんくう)というのが正式名らしい。
■建永元(1206)年12月に後鳥羽院(上皇)が熊野詣を行なったようです。その留守中に遵西とその相棒住蓮(じゅうれん)は東山鹿ヶ谷(ししがだに)の草庵で念仏の会を開きます。熊野につき従わなかった女房たち数人が参加したそうです。
■同時代を生きた僧慈円(じえん)の「愚管抄」によれば、遵西は坊門局(ぼうもんのつぼね)と、住蓮は伊賀局(いがのつぼね)と出来ちゃったらしい。坊門局はとくに後鳥羽院の寵愛の深い女性だったようです。承久(じょうきゅう)3年(1221年)の承久の乱に敗れた後鳥羽院が隠岐に流されたとき、付き従った6人の女性の1人だそうです。
■鹿ヶ谷の草庵では、「六時礼讃」の経文を合唱し、みんな少しずつ快感を得たのかもしれません。佳境に入ると灯を消すそうです。だんだん怪しい雰囲気になります。さらに続けているうちに陶酔が広がります。まさにそのとき、「不思議のことがおこなわれた」(愚管抄)。早い話が男女の関係が結ばれてしまったようです。
■これがばれちゃったらしい。後鳥羽院は上皇ではありますがまだ満26歳ぐらいです。若い。元気です。嫉妬の炎がメラメラと燃え上がります。遵西や住蓮、その弟子たちは捕らえられ、拷問にもかけられたらしい。遵西はひどい目にあったあとで六条河原で死刑に処されたといいます。住蓮は近江で殺されたらしい。
■なお、単に男女の関係になっただけでなく、女房たちは出奔同然に出家してしまったという話もあります。いずれにせよ、上皇からみれば「勝手なことをしやがって」ということになるのでしょう。
■師匠の法然は土佐へ、その高弟の親鸞は越後に流されることになります。このとき、法然は藤井元彦、親鸞は同善信という還俗名を名乗らされたようです。承元の法難と呼ばれる出来事だそうです*7。
■女犯の罪とはいいますけれど、法然の教えでは、女犯はたいした罪ではないらしい。専修念仏という立場では念仏を唱えれば救われるようです。法然の弟子になった熊谷次郎直実(なおざね)は、自分は武士として多くの殺生をしてきたがそれでも救われるだろうかと質問しているらしい。これに対して念仏を唱えれば救われるという意味のことを法然は答えているそうです。熊谷次郎直実は、一ノ谷の合戦で平敦盛(あつもり)という美少年武士を討ち取った武将ですね*4*5。
■念仏さえ唱えれば人殺しでも救われるわけです。もちろん男女の性的な接触、あるいは生臭物を食べることなども念仏さえ唱えれば救われるはずです。後日、親鸞の弟子たちは、肉食妻帯を許されています*6。
■遵西や住蓮は格別にひどいことをしたというわけではないようです。のちに承久の乱を起こすヤンチャで勢いのいい上皇の逆鱗に触れたというだけのようです。法然たちの専修念仏があまりに人気が高いので比叡山や奈良の旧勢力が焦り、上皇を動かして勢力をそいだという見方もできるそうです。
◆参考*1:HP「法然 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E7%84%B6
◇*2HP「六時礼讃 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%99%82%E7%A4%BC%E8%AE%83
◇*3HP「遵西 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%B5%E8%A5%BF
◇*4HP「熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)が世間に知られるようになったきっかけは?」
http://blog.q-q.jp/200602/article_63.html
◇*5HP「美少年敦盛を殺害した熊谷次郎直実。頭を丸めたホントの理由は?」
http://blog.q-q.jp/200701/article_60.html
◇*6HP「桃色川柳「祖師の恩 天下晴れての 唾を塗り」の「祖師」とは誰のこと?」
http://blog.q-q.jp/201109/article_13.html
◇*7HP「本日が800回目の命日である超大物宗教家藤井元彦。ホントは誰のこと?」
http://blog.q-q.jp/201202/article_24.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
流されたのは、これが原因でしたか。
とばっちりというやつですね。
ヤクザ言葉では、男根切断のことをエンコ抓めとかいうそうで、エンコはチンコを逆にしたのかな?
しかたなくオカマバーを始めた元ヤーさんもずいぶんいたそうです。((+_+))
ねこのひげ
2012/03/21 07:12
コメントをありがとうございます。

 法然と親鸞にとってみればトバッチリなのかもしれません。でも日本の感覚でいうと手下の粗相は自分の管理責任ですから、仕方がないのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/03/21 19:45

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