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zoom RSS 1字変えただけで別の歌にする省エネ作歌術。長寿を言祝ぐ歌はどんな歌に変わったの?

<<   作成日時 : 2012/01/19 10:41   >>

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★日本語★
問題:以前、弊クイズでもとりあげた細川幽斎(ゆうさい)の歌がありました。太閤秀吉にオヤツとして炒り豆に青海苔をつけた菓子が出されたことがあったらしい。その場に居合わせた細川幽斎は、関白から即興の歌を求められます。幽斎は、「君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむす豆」と返したそうです。
■日本国民なら誰でも知っている君が代の歌をもじり、炒り豆に青海苔をつけた菓子を主題としながら最高権力者の御機嫌をとり結んでいます。見事なまでの機知といえるでしょう*1。最後の「苔のむすまで」を「むす豆」に変えただけです。省エネの観点からも評価できます。地球温暖化におびえる現代人にも好まれそうな逸話ではあります。
■本日は、似たような省エネ作歌術の問題です。中世のある有名な歌人の詠んだ歌をもじり、たった1文字変えただけでまるで趣向のことなる歌に仕上げた狂歌の名人の作品です。元歌は日本史上初の関白になったとも言われる藤原基経(もとつね)の40歳の誕生日を言祝ぐ歌でした。お祝いを申し述べたのは、当時の美男の代名詞だった在原業平(なりひら)です。
---桜花 散りかひ曇れ 老いらくの 来むと言ふなる 道紛ふがに
「老いがやってくる道があるといわれます。桜の花よ、激しく散ってその道をまぎらわせ、基経殿に老いがやってこないようにしてください」。まぁ、おおむねそんな意味の歌らしい。「古今集」にもとりあげられている作品だそうです。ひょっとしたらコネで収載されたのかな。
■紀貫之(つらゆき)らに「古今集」の編纂を命じ、完成させてひらがなを我が国に根付かせたのは藤原時平(ときひら、しへい)だそうです。菅原道真(みちざね)との政争で勝ち、道真を追放した人物ですね。天神様に災いをなした人物として、「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」など、歌舞伎その他の芸能では悪役です。でも日本文化にとっては大恩人の1人かもしれません。
■藤原時平は、藤原基経の長男だそうです。父親の誕生パーティーに在原業平が招かれ、そこで詠んだ歌が、「桜花〜」の歌だそうです。自分の親父と親交のある歌人の歌ですからね。情実で選んだ可能性は捨てきれません。
■で、そのもじりを作ったのは江戸時代の狂歌作者、手柄岡持(てがらのおかもち)です。1文字を変えただけで吉原遊廓の情景を描写する歌に変えたらしい。なかなかの才人です。では、その変えた1文字はどの句にあったのでしょうか?
[い]「桜花」の句
[ろ]「散りかひ曇れ」の句
[は]「老いらくの」の句
[に]「来むと言ふなる」の句
[ほ]「道紛ふがに」の句
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:[は]「老いらくの」の句
説明:手柄岡持氏は、「老いらくの」を「おいらんの」と変えたそうです。
---桜花 散りかひ曇れ 花魁の 来むと言ふなる 道紛ふがに
「吉原の桜よ、花魁道中があるという道を埋め尽くすほどに散りしいてしまいなさい」。そんな意味なのでしょうかね。おいらんが来なければ散財することもなく、家を傾けることもないのかな。
■吉原の桜は、江戸中期ごろから名物として有名になったようです。ただし、この桜は毎年移植されたものだったらしい。吉原では3月1日と3日が紋日(もんび、催事の日)だったそうです。で、毎年、開花した桜をその時期にあわせて植えたという説があるようです。青竹の竹垣をめぐらし、下草に山吹を添えたそうです。例の、「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞかなしき」という兼明親王(かねあきらしんのう)の歌でも知られる植物ですね。江戸城を最初にこしらえた太田道灌(どうかん)に恥をかかせた植物です。
■葉桜になってからも見物客は絶えなかったようです。まぁ、桜を見に来ていたのか、別の解語の花を見に来ていたのかはわかりませんけど。ともあれ、花が過ぎると桜は抜かれて来年に備えたようです。
■手柄岡持は、天明狂歌の隆盛に力のあった狂歌作者の1人らしい。元々は武士の家で生まれ、養子として120石ほどの家をついでいたようです。ご当人は自称して「宝暦の色男」だそうで、吉原通いにひたり、アルバイトで書いた黄表紙でヒット作をうんだとのこと。
■寛政の改革のときに、諷刺作品「文武二道万石通」という作品で藩主に叱られて以来、作家業を廃業したようです。武士出身の狂歌作者としては、同時代の蜀山人大田南畝(なんぽ)氏と似たような境遇だったのかな。
◆参考*1:HP「太閤秀吉に即答した細川幽斎(ゆうさい)の頓知の歌はどんなもの?」
http://blog.q-q.jp/201103/article_9.html
◇*2書籍「日本のことば遊び」初版188頁、小林祥次郎(しょうじろう)著、ISBN4-585-05303-4、勉誠出版
◇*3HP「江戸東京博物館:トップページ」
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/floor/library/reference/ans09.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こういう機知にとんだ歌をサラッと作れるのは、うらやましいですね。
ねこのひげは、ウンウン唸りながら何十分もかかりそうです。
江戸時代の武士は、戦争がなかったので暇で、こんなことばかりやっていたんでしょうね。
花魁も、ただ美人とかかわいいとか、床上手というだけではなれなかったようですね。
花魁には、そうとう高い教養も必要だったとか。
ねこのひげ
2012/01/20 06:16
コメントをありがとうございます。

 いちど花魁に会ってみたいものです。現在の観光用のものではなく、江戸時代の三浦屋の高尾太夫に会ってみたい。
 あるいは、落語の「紺屋高尾」や「幾代餅」に登場するような花魁はホントにいたのか。確かめたいけれど、いまとなっては調べようもないんでしょうね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2012/01/20 10:25

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