明治初頭のウィーン万国博覧会に出展して大好評だったのは招き猫だったの?

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★歴史★
問題:明治6年(1873年)にウィーンで万国博覧会が開かれたそうです。日本は慶応(けいおう)3年(1867年)のパリ万博にさまざまなものを出品したそうです。でももうめぼしいものは全部見せちゃったし、ウィーンは遠慮しておこうと考えていたらしい。
■ところが日本が開国して以来、日本の物産は人気が高かったらしい。事務局からは出展を強く要請されたそうです。「ヨーロッパにないものならなんでもいい」としつこくいってきたらしい。
■やむをえず日本が出展したあるものは、意外に好評で、その後、世界に普及したそうです。ではそのあるものというのは次のどれでしょうか?
[い]大豆
[ろ]豆腐
[は]柿
[に]こけし
[ほ]招き猫
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]大豆
説明:日本が出品した物産のなかに、大豆とか寒天が含まれていたそうです。寒天はたしかにヨーロッパにはなさそうです。大豆もなかったんですね。
■大豆は、フランス人には「真珠のような豆」と大好評だったそうです。ドイツ人は大豆の栄養組成を分析したらしい。「大豆の栄養価は牛肉や豚肉に匹敵する、いわば、畑の肉とでも言うべきものだ」と公表したとのこと。
■たしかに大豆には蛋白質が30~40%も含まれているそうです。必須アミノ酸が含まれているとのこと。最近では、牛乳や卵と同等の最高に良質な蛋白質であると評価されているらしい。脂質も約20%ふくまれています。不飽和脂肪酸で出来ています。こちらも健康によさそうです。
■ヨーロッパに大豆が紹介されたのは、ウィーン万博の日本館が最初ではありません。すでに18世紀には、種子が持ち込まれていたらしい。でも、なぜかあまり評価されていなかったようです。
■ドイツは、分析結果をもとにして大豆による食糧革命を計画したらしい。日本から大量に取り寄せます。栽培を実験しますが、失敗に終わります。ヨーロッパの土壌には大豆栽培に必要な根粒菌(こんりゅうきん)がなかったそうです。革命は断念せざるをえなかったらしい。
■アメリカやイギリスでは、大豆は油やプラスチックの原料として見ていたらしい。20世紀に入っても食用としては考えなかったようです。かつてのドイツでの分析結果を再検討し、アメリカが食用として大豆を大量に生産し始めるのは第二次世界大戦中だそうです。現在ではアメリカやブラジル・アルゼンチンなどが大生産国となっているとのこと*1。
◆参考*1:HP「ダイズ - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%BA
◇*2書籍「頭にやさしい雑学読本4」文庫初版89~92頁、竹内均編、ISBN4-8379-0966-5、三笠書房

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2011年08月24日 07:25
なにか、ちょっとしたきっかけで、それまで関心を呼ばなかったものが人気が出るという好例ですね。
大豆で作られた人造肉というのもありましたね。
ねこのひげ様<素町人
2011年08月24日 16:18
コメントをありがとうございます。

 大豆は国際派の食品となったようですが、寒天については記述がありません。冷遇されたのかな。なんとなく立場がなさそうですね。
(^^;)
SFurrow
2011年08月24日 21:20
こんばんは
「畑の肉」という大豆の評価は、子供の時に親からよく聞かされて「だから豆腐や納豆は毎日食べるんだよ」といわれましたが、この時からだったのですね~
家計にも優しい「畑の肉」ですよね(^-^)
寒天が西洋で冷遇されたのは、あちらにはゼラチンがあったからでしょうか…
SFurrow様<素町人
2011年08月24日 21:46
コメントをありがとうございます。

 心太や寒天の原料、テングサは、英語では「セイロンの苔」と呼ばれるそうです。ひょっとしたら、大西洋や地中海には、テングサに似た海草は生えていなかったのかも。
(^^;)

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