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zoom RSS 「挨拶は時の氏神」とはどんな意味なの?

<<   作成日時 : 2011/06/30 11:40   >>

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★日本語★
問題:「犬も歩けば棒に当たる」という諺があります。いろはカルタの「い」に使われることもあります。よく知られた慣用句ですね。もともとは、「何かをしようとすれば、何かと災難に遭うことも多いというたとえ」だったらしい。最近では、「 出歩けば思わぬ幸運に出会うことのたとえ」という楽天的な解釈でも通用するようです。
■諺とか慣用句の中には、「犬も歩けば〜」ほどには知られていない認知度B級の言葉がたくさんあります。本日は、そうしたものの意味を問題にしてみました。次の記述のうち、正しいものはどれでしょうか? (正解は複数かも)
[い]「挨拶は時の氏神」とは、「元気のいい挨拶は場を明るくし、幸運をもたらす神のような行為である」という意味だ
[ろ]「争い木登り川渡り」とは、「避けるべき危険なこと」を意味する
[は]「萊(あかざ)の羹(あつもの)」とは、「めったに提供されない珍しい食べ物」の意から転じて、最大限の注意を払って接待すべき大切な客の意味になった
[に]「空き店の恵比寿」とは、「残り物には福がある」とほぼおなじ意味である
[ほ]「上がり鯰(なまず)」とは、「遊び過ぎで金を使い果たした者」を意味する
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:各項目を参照してください
説明:[い]「挨拶は時の氏神」とは、「元気のいい挨拶は場を明るくし、幸運をもたらす神のような行為である」という意味だ(×)
■正しくは、「争いの調停役はその時の氏神と思い、従うべきである」という意味だそうです。
□この場合の「挨拶」は、「喧嘩や口論の仲裁」だそうです。「挨拶を上げる」という言葉もあり、こちらは「争いの仲裁をとりやめる」という意味らしい。
□新聞の三面記事では、仲裁に入った人が傷つけられる事件が頻繁に報じられます。中には夫婦喧嘩の仲裁に入った子が殺されるといった悲惨な事例まであります*2。危険を承知であいだに入ってくれる人には、心から感謝すべきなのでしょう。
□「氏神」は、「神として祭られた氏族の先祖、あるいは氏族にゆかりのある神」といった意味と、「住んでいる土地の人々を守護する神様」という意味があるらしい。「氏族にゆかりのある神」という意味では、藤原氏は天児屋命(あまのこやねのみこと)だそうです。平氏は厳島明神だそうです。源氏は八幡神とのこと。
□「挨拶は時の氏神」の場合は「土地の人々を守護する神様」という意味に解釈すべきなんでしょうね。喧嘩の当事者それぞれの氏神が異なっていたら、仲裁者の神通力も失われてしまいそうです。
[ろ]「争い木登り川渡り」とは、「避けるべき危険なこと」を意味する(○)
■この場合の「争い」は「あらがい」と読むらしい。喧嘩や口論なのでしょう。命を落とす危険のあるものを単純に並べて教訓としているようです。
□現代では、健康な食生活のためには「塩分糖分脂肪分」が避けるべき危険である…と広告がいっています。クルマを運転する人にとっては「無免許居眠り酔っぱらい」かもしれません。山に入る人にとっては「無届軽装毒茸」でしょうか。パソコンを使う人にとっては何かな。「落雷水掛け熱暴走」かな。ウイルス対策なしでネットにつなぐほうが危ないか。初心者が共有ソフトを使うのも危険かな。
[は]「萊(あかざ)の羹(あつもの)」とは、「めったに提供されない珍しい食べ物」の意から転じて、最大限の注意を払って接待すべき大切な客の意味になった(×)
■正しくは、「粗末な食べ物のたとえ」だそうです。アカザは畑地や空き地に生える一年草らしい。ふだんは食用にしないようです。飢饉のときだけ口にするのかな。
□「徒然草」の58段に「道心あらば」という説教臭い話があるそうです。「道心」は「道徳心、良心」といった意味らしい。この記事の中に「萊の羹」が登場します。
□「出家した人が物乞いをするときに、紙の夜具、麻の衣、一鉢の食物、萊の羹などをいただいたとしても、相手の負担にはならないだろう」という意味のことが記されているようです*3。
□「羹」は汁物、スープと考えていいらしい。「羹に懲りて膾(なます)を吹く」という諺にも使われています。熱い汁で舌をやけどしたあとでは、冷たい和えものが供されてもつい吹いてしまうという意味だそうです。
[に]「空き店の恵比寿」とは、「残り物には福がある」とほぼおなじ意味である(×)
■「空き店(あきだな)の恵比寿」とは、東京山手線の恵比寿駅前商店街がシャッター通りになったという意味ではありません。「誰もいないのに1人で喜んでいること」だそうです。「空き店」は人の住んでいない家とか商品のない店という意味らしい。たしかにたまには1人で嬉しくなり、ほくそ笑むこともあります。でも年中そんなですと、はたから見るとちょっと気味が悪いでしょうね。
□なお、「誰もいないのに1人で頑張っている人」を「空き店の恵比寿」という場合もあるようです。おそらくは善行なのでしょう。全員が不当解雇された零細企業の工場内で一人旋盤を操作する老職工という場面なのでしょうか。あるいは暴力的な地上げに対して1軒だけ敢然と立ち向かう小さな商店の頑固親父でしょうか。真夜中の商店街やビル街で孤軍奮闘している泥棒は、「空き店の恵比寿」とは呼べないと思われます。
[ほ]「上がり鯰(なまず)」とは、「遊び過ぎで金を使い果たした者」を意味する(○)
■「派手な衣装を着て遊廓などで遊ぶ」ことを「ぬめる」というそうです。「大辞泉」にも「浮かれ歩く、粋なふうをする、めかす」といった意味が記されています。同時に「ぬるぬるしてすべる」という意味もありました。金を使い尽くしてぬめることもできなくなった男を死んだ鯰にたとえた言葉だそうです。
◆参考*1:書籍「決まり文句語源辞典」堀井令以知(れいいち)編、ISBN4-490-10470-7、東京堂出版
◇*2新聞「夫婦口論 仲裁の娘刺殺 母もけが 父、逃走後に自殺」読売新聞100319東京夕刊19頁
◇*3書籍「徒然草(二)」文庫初版74〜81頁、三木紀人(すみと)訳註、lSBN4-06-158429-4、講談社

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