連続強姦魔大久保清処刑の日。ナンパの小道具には何を使ったの?

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★歴史★
問題:昭和51年(1976年)の今日、1月22日。東京は氷点下3.9度、その冬でいちばん寒い日だったそうです。その朝、小菅の東京拘置所で大久保清(きよし)の死刑が執行されました。戦後最悪の連続強姦魔は、息の根を絶たれたそうです。満41歳だったらしい。
■昭和46年(1971年)。巷には小柳ルミ子の「♪私の城下町」や南沙織(さおり)の「♪17才」が流れていた年です。おぞましい事件が起きました。3月から5月にかけて、8人の若い女性が強姦され、殺されたそうです。場所は群馬県の周辺です。高崎、前橋、伊勢崎などに住んでいた女性たちが被害にあいました。
■Wikipediaによれば、大久保清は1000人に及ぶ女性に声をかけていたらしい。うち十数人と関係を持ったとのこと。強姦同然のものもあったのでしょうか。断固拒否した女性、あるいは警察に被害届を出しそうだと思われた女性たちが殺されたようです。
■大久保清は、独特の扮装をして女性を誘ったといわれます。では希代の連続強姦魔が小道具に使ったものは、次のどれでしょうか?(正解は複数かも)
[い]ベレー帽
[ろ]薔薇の花
[は]電気工学関係の専門書
[に]偽造されたレースドライバーのライセンス
[ほ]マツダ・ロータリー・クーペ
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]ベレー帽と[は]電気工学関係の専門書、[ほ]マツダ・ロータリー・クーペを小道具として使った
説明:大久保清は、母親から溺愛されて育った男だそうです。小学生のときに早くも幼女に性的な悪戯をしたらしい。17歳の頃には銭湯の女風呂を覗いて捕まります。その後も万引き、複数の強姦、恐喝など、悪事を重ね、刑務所とシャバを往復していたようです。
■実家が金持ちだったようで、経済的にはそんなに困っている様子は見えません。ロータリー・クーペはなかなか高価ですが、実家に買わせたようです。妻子もいました。ただし、前科者であることは知らせずに結婚したらしい。結婚後にも強姦事件を起こし、服役しています。連続強姦・殺人事件のころには別居中で離婚の話が進んでいたようです。そりゃそうでしょうね。
■女性を誘うには、画家、詩人、学校の先生などのふりをしたそうです。それなりの衣装を身にまとったらしい。たとえば画家に扮するにはベレー帽にルパシカという扮装だったようです。ルパシカというのは、頭からかぶるゆったりした上着だそうです。ふつうベルトを締めるとのこと。トルストイがよく着ていたそうです。日本では西洋人の真似をしたがる偽インテリたちが愛用したらしい。
■画家役のときには、「絵のモデルになってもらえませんか」というのが口説き文句だったそうです。ロータリー・クーペに乗せて人気のない場所に車をとめ、肉体関係を迫ったらしい。
■「電気工学関係の専門書」は車の中にさりげなく置いていたそうです。学校の先生の役を演ずる際の小道具だったらしい。
■大久保清は被害者の家族の追跡にあい、民間人により取り押さえられ、警察に引き渡されたとのこと。なかなか自供しなかったそうです。でも警察の粘り強い取り調べで白状したらしい。なにしろ、強姦の前歴だけで何回もある人物です。「ひょっとしたらシロかな」という揺れは警察にはまるでなかったでしょう。確信をもって追及できたと思われます。
■昭和48年(1973年)2月22日に死刑判決がおりました。控訴せずに確定したそうです。事件から5年ほどたった昭和51年(1976年)の今日、死刑が執行されました。
◆参考*1:HP「大久保清 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B9%85%E4%BF%9D%E6%B8%85
◇*2HP「大久保清連続殺人事件」
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/ookubo.htm

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