近代将棋の父、関根金次郎の一生の不覚とはどんなこと?

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★歴史★
問題:誰にも大なり小なり一生の不覚があるものです。
■歴史上の有名人でいえば、物理学者のニュートン先生の場合は、犬を飼ったことかもしれません。1694年(元禄(げんろく)7年)、ダイヤモンドと名付けられた愛犬は研究室に閉じ込められたことに腹を立てたのか、ロウソクをひっくり返し、火事を出してしまいます。ニュートンは礼拝に行っていたらしい。研究室には、20年間の研究成果をまとめようと、原稿やノートなどの資料類が集められていたそうです。すべてが灰になったあとで、ニュートンは帰宅し、呆然とします。愛犬に対し、「おおダイヤモンド、おおダイヤモンド、おまえは自分がどんなわるさをしたかわからないのだね」と言ったそうです。1958年(昭和33年)、名匠アンジェイ・ワイダの手によって映画化された物語「灰とダイヤモンド」は、この逸話に基づいています…というのは嘘です*6。
■物理学者のアインシュタインは、宇宙は静的な存在であり、膨張も収縮もしていないという主張をしたそうです。彼自身の一般相対性理論からは、宇宙は動的であり、膨張ないし収縮しているという結論が得られるとのこと。アインシュタインは宇宙項という考えを導入し、自身の静的な宇宙観と自身の一般相対性理論との間の矛盾を無理矢理解決しようしたらしい。のちにエドウィン・ハッブルという学者が宇宙の膨張を証明したとき、「宇宙項の導入は生涯最大の失敗」と語ったようです*5。
■唐突ですが、話は物理学界から棋界に飛びます。明治から昭和前半にかけて、将棋の世界には関根金次郎(きんじろう)という大物棋士が活躍していました。近代将棋の父と呼ばれる人物です。それまで世襲制だった名人位を実力制に変えた人らしい*2。大阪の名物将棋士、阪田三吉(さんきち、坂田とも)の好敵手ですね。映画「王将」でも描かれた将棋士です。将棋愛好家なら、誰でもが知っているビッグネームらしい。
■関根金次郎にも一生の不覚があるそうです。それはどんなものでしょうか?
[い]阪田三吉に負け越してしまったこと
[ろ]仕事に追われて一人娘の死に目に会えなかったこと
[は]最愛の弟子と仲違いし将棋界から追放したこと
[に]長年書きためて来た棋譜(きふ)をスリに奪われたこと
[ほ]首相西園寺公望(さいおんじ きんもち)と平手で指したときにわざと負けたこと
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]長年書きためて来た棋譜(きふ)をスリに奪われたこと
説明:関根金次郎は、慶応(けいおう)4年(1868年)に生まれ、昭和21年(1946年)に亡くなっています。第13世の将棋名人だそうです。
■10歳ごろに将棋を覚え、兄弟や家族に鍛えられ、わずか15歳で将棋指しを職業としたそうです。現代の羽生善治(はぶ よしはる)19世名人も、15歳でプロ棋士になったらしい。天才はこのぐらいで芽を出すものなのかな。金次郎少年は、伊藤宗印(そういん)、小林東伯(とうはく)などの当時の強豪・古豪の弟子となって学び、大正10年(1921年)、満53歳ごろのときに13世名人位についています。現在の名人位は短期実力制ですが、昔は一世名人だったとのこと。前任者が亡くならないとなれなかったのかな。
■関根金次郎13世名人ほど長く将棋をやっていても、50番ぐらいしか満足のいく将棋はなかったそうです。数少ないいい将棋は、棋譜をとっていて、旅先などでも取り出して調べたりすることがあったらしい。棋譜というのは、「碁や将棋の対局での手順を記録したもの」だそうです。野球でいえばスコアブックに記す記録みたいなものかな。
■ある年、熊本の清正公に参詣した帰りに2人組の掏摸(すり)にぶつかって懐中物を奪われたとのこと。金はわずかなものだったそうですが、大切にしていた将棋の棋譜を奪われたらしい。青くなり、警察に頼んだり、掏摸の仲間に尋ねたりしたそうです。でも結局は戻ってこなかったとのこと。「残念でたまらない」と述懐しています*1。現代なら新聞・専門誌等に記録が残されているのでしょうが、当時は、棋士個人が記録を残していたらしい。
■Wikipediaによれば、関根金次郎は、かなり血の熱い人物だったそうです。小林東伯と戦ったとき、劣勢に陥り、「この将棋は指し掛けにしたらどうだろう」と東伯にいわれたことがあったらしい。指し掛けとは、それ以上指さずに引き分け扱いにすることだそうです。東伯の善意の提案を断り、完全にたたきのめされるまで指し続けたとのこと*3。
■現在の対局は、少なくとも表面上は穏やかで静かな雰囲気の中で行なわれます。明治・大正の将棋界は、もう少し荒っぽい世界だったようです。ときに暴力とか腕力の出番もあったとか。関根金次郎も、不測の事態に備えていたのか、「無念流の使い手」だったらしい*3。無念流とは、剣道の神道無念流(しんとうむねんりゅう)のことを指すのかもしれません。もしそうなら、新選組の永倉新八(しんぱち)や芹沢鴨(かも)などとおなじ流派の剣士だったことになるようです*4。
■美男子だったそうです。異性にももてたらしい。もちろん嫌いではなかったようで、将棋を一般人に指導して報酬をもらうとき、冗談で「金よりも女性を」と言ったこともあったようです*3。
◆参考*1:書籍「大正人物逸話辞典」初版217~218頁、森銑三(せんぞう)編、東京堂出版
◇*2HP「将棋の日。初代の名人は、信長・秀吉・家康の前で将棋を指したの?
http://blog.q-q.jp/200811/article_24.html
◇*3HP「関根金次郎 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%A0%B9%E9%87%91%E6%AC%A1%E9%83%8E
◇*4HP「神道無念流 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E9%81%93%E7%84%A1%E5%BF%B5%E6%B5%81#.E7.A5.9E.E9.81.93.E7.84.A1.E5.BF.B5.E6.B5.81.E3.82.92.E5.AD.A6.E3.82.93.E3.81.A0.E4.BA.BA.E7.89.A9
◇*5HP「アルベルト・アインシュタイン - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3
◇*6HP「灰とダイヤモンド - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%B0%E3%81%A8%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89

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この記事へのコメント

sadakun_d
2010年12月25日 03:02
偶然ながら
千葉県野田市関宿町(将棋の関根金次郎)と広島県因島市(囲碁の本因坊)の出身に知人がいます

ともにですが囲碁や将棋なんてやって遊んだ記憶がないとか。

囲碁将棋フアンからは関宿ですか関根名人でしたね。因島は本因坊ですかっとは聞かれるけど

野田市関宿町は今は将棋の名人戦の対局会場で将棋フアンに登場しています。

※将棋タイトルの「王将戦」に二十歳の豊島6段登場(若手の伸び盛り)

来年のタイトル戦が楽しみですよ
sadakun_d様<素町人
2010年12月25日 21:51
コメントをありがとうございます。

 将棋もお好きなんですか。趣味が広いですね。
(^^;)
 関根金次郎氏の故郷関宿(せきやど)町は、現在は野田市に属しているとWikipediaにはありました。将棋の名人の産地は醤油の名産地でもあるんですね。
(^^;)

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