警視庁の生みの親、川路利良(としよし)の命日。フランスで客車から雲古を不法投棄したの?

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★歴史★
問題:明治12年(1879年)の今日、10月13日。日本の警察制度を構築した川路利良が亡くなりました。天保(てんぽう)5年(1834年)5月11日生まれですから満45歳だったようです。
■薩摩藩の出身です。元治(げんじ)元年(1864年)夏の禁門の変(蛤御門の変)で手柄をたて、西郷隆盛、大久保利通らに評価されたそうです。
■明治5年(1872年)に欧州で警察制度を視察。帰国後に制度の確立につとめたようです。警視庁大警視という役職についています。のちの警視総監らしい。
■大久保利通の腹心として隠密裡の情報収集を得意ともしていたらしい。佐賀の乱や西南戦争では、探偵による情報収集と攪乱を役目としていたそうです。
■「警察手眼(しゅげん)」という語録を残しています。警察・警察官の在りかたを示したものだそうです。警察官のための論語のような役割を果たし、現在の警察官にも語り継がれているとのこと*1。
■本日は、我が国警察制度の父と呼ばれる人物の141回目の祥月命日にちなみ、川路利良についての雑学クイズです。次のうち正しい記述はどれでしょうか?(正解は複数かも)
[い]フランス滞在中に「日本人が汽車から大便を捨てた」と現地の新聞に書かれたことがある
[ろ]西南戦争でオイナリサンに貫通銃創を受けたが、睾丸は傷を負っていなかった
[は]大久保利通の指示で西郷隆盛の暗殺を企てたことがある
[に]偽札事件の捜査でパリに行った帰りに井上馨の密偵に毒殺された
[ほ]職務で負傷した警察官の見舞いには必ず自分自身が訪れた
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]と[は]、[ほ]が正しい
説明:[い]フランス滞在中に「日本人が汽車から大便を捨てた」と現地の新聞に書かれたことがある(○)
■これは有名な逸話だそうです。司馬遼太郎の「翔ぶが如く」という小説の冒頭部分などに描かれているとのこと*1。
□明治5年(1872年)に欧州の警察制度を視察に行ったときの話らしい。マルセイユからパリへの移動中に便意を催したそうです。長距離列車らしい。便所がありそうなものですが。壊れていたのかな。車掌さんもいたでしょう。フランス語が苦手だったのかな。
□切羽詰まった川路氏は、膝かけで前を覆い、新聞紙を下に広げ、車内での排便に及んだらしい。暖かい物はそのまま新聞で包み、窓から投げ捨てたそうです。
□お互いにとって不運なことに、線路工夫に当たったらしい。被害者は警察に届け出たとのこと。新聞が日本語で書かれていたため、「日本人が無作法なことをした」という記事が地元紙に掲載されたようです。川路氏は逮捕されなかったのでしょうか。
□ひとつ気になるのは、膝かけで前を覆ったことです。他の乗客もいたのかな。臭いで感づかれなかったのかな。
[ろ]西南戦争でオイナリサンに貫通銃創を受けたが、睾丸は傷を負っていなかった(×)
■よく似たような事実はあるそうです。戊辰戦争の上野での戦いのとき、広小路口という場所で貫通銃創を受けたが睾丸は無傷だったとのこと。
□女性にはわかりにくいかもしれません。縮み上がっているときにあの部位に貫通銃創を受けて睾丸が無傷ということはありえません。つまり、敵の弾丸が降り注ぐなかでも川路利良のオイナリサンはぶらんぶらんしていたことになります。川路利良の剛胆さをあらわす逸話として語られているらしい。棹も無傷だったのかな。野次馬としては、余計なことを心配したくなりますけど。
□なお、オイナリサンは寒さによっても縮み上がりますが、上野の戦いは慶応(けいおう)4年(1868年)の5月15日、西暦だと7月4日だそうです。おそらく寒くはなかったと思われます。
[は]大久保利通の指示で西郷隆盛の暗殺を企てたことがある(○)
■明治10年(1877年)の1月に西南戦争が始まります。その1か月後には川路利良の放った刺客は全員捕らえられたとのこと*1。
□拷問された刺客は、川路利良の指示で西郷隆盛を暗殺しに来たと自白したらしい。おかげで川路利良は地元鹿児島では大久保利通と並んで不人気だそうです。平成11年(1999年)になって鹿児島県警察本部の前にようやく銅像が設置されたとのこと*1。
[に]偽札事件の捜査でパリに行った帰りに井上馨の密偵に毒殺された(△)
■川路利良は、死の直前に欧州に行っていたことは確かなようです。参考資料*1によれば各国の警察制度の視察が目的で帰国直後に亡くなったとのこと。参考資料*2によれば、偽札事件の捜査が目的で渡欧し、帰りの船中で喀血し亡くなったとのこと。両方を兼ねていたのかもしれません。
□偽札事件は、弊クイズでも触れています*3。明治11年(1878年)12月にかなり精巧な偽札が西日本に出回ったらしい。井上馨(かおる)とか藤田組の藤田伝三郎(でんざぶろう)といった政財界の大物に疑惑がかけられました。捜査中の川路利良が45歳で急死したため、暗殺されたという噂も飛んだようです。事実かどうかははっきりしないらしい。
[ほ]職務で負傷した警察官の見舞いには必ず自分自身が訪れた(○)
■川路利良は、「職務の為めに負傷した者があれば、自分自身で2枚続きの毛布1枚、葡萄酒2本を携えて、どんな下宿屋へでも訪問」したそうです*4。「我々警察官が一般人民の信用を得られるのは、君のような任務に忠実な人物がいるおかげである」という意味の言葉をかけ、懇ろに慰めたとのこと。
□川路利良が東京にいる間は代理はいっさい出さなかったようです。平の警察官は給与が安いことで知られているらしい。危険で辛い仕事です。でも、負傷したときに組織のトップが自ら足を運び、見舞ってくれたりすると、警察官たちはやる気になるでしょうね。なかなか人の心を掴むのがうまい人のようです。
□なお、川路利良は、他の維新の立役者たちと似て下級武士の出身らしい。Wikipediaによれば父親は準士分とありました。最下級なのかな。下の者の気持ちがよくわかったようです。
◆参考*1:HP「川路利良 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E8%B7%AF%E5%88%A9%E8%89%AF
◇*2書籍「幕末明治風俗逸話事典」初版567~570頁、紀田順一郎(きだ じゅんいちろう)著、ISBN4-490-10338-7、東京堂出版
◇*3HP「明治の元勲井上馨(かおる)命日。金に汚い大立て者はどんな破廉恥事件の容疑者だったの?」
http://blog.q-q.jp/201009/article_1.html
◇*4書籍「世界人物逸話大事典」初版286頁、朝倉治彦・三浦一郎編、ISBN4-04-031900-1、角川書店

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