明治日本に多大な影響を与えたビスマルク、プロイセン首相就任の日。国際法を守るなと助言したの?

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★歴史★
問題:Wikipediaによれば、1862年(文久(ぶんきゅう)2年)の今日、9月22日。ビスマルクがプロイセンの首相に就任したそうです。プロイセンはプロシアとも呼ばれますね。現在のドイツの北東部、バルト海沿岸地域だそうです。
■フランスやイギリスと異なり、ドイツは近代国家としての統一は遅かったらしい。明治4年(1871年)、ビスマルクの時代にプロイセンを盟主としてドイツが統一され、ドイツ帝国となったそうです。
■ビスマルクは、皇帝ウィルヘルム1世との二人三脚でドイツの富国強兵に邁進したらしい。1866年(慶応(けいおう)2年)の普墺(対オーストリア)戦争、1870年(明治3年)の普仏戦争に勝利し、ドイツの国際的な地位を強固なものにしたとのこと。
■首相時代に、「ドイツの統一は演説や多数決ではなく、鉄と血によって解決される」という「鉄血演説」を行なったことで知られます。鉄は大砲を意味し、血は兵隊を意味するそうです。
■本日は、鉄血宰相の首相就任をお祝いし、ビスマルク氏にかんする雑学クイズです。次のうち正しい記述はどれでしょうか?(正解は複数かも)
[い]面会した明治政府の要人たちに、「国際法を守るな」という助言を与えている
[ろ]伊藤博文は明治天皇から東洋のビスマルクと皮肉まじりに呼ばれていた
[は]田中角栄はビスマルクの言葉を座右の銘にしていた
[に]ビスマルクは意外に文弱の人であり、学生時代は決して人と争わなかった
[ほ]国際会議で堂々と葉巻を吸い、物議をかもしたことがある
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]が正しい
説明:[い]面会した明治政府の要人たちに、「国際法を守るな」という助言を与えている(△)
■Wikipediaによれば、ビスマルクは日本の使節団と会見しているらしい。その際、「小国が国際法に従順で、誠実な態度をとり続けていようと大国は平気で国際法を破るもの」という意味のことを述べたそうです*1。当時の日本は、国際法の遵守にたいへん気をつかっていたらしい。そんなにイイコになっても無駄かもよというお言葉ですね。「守るな」という助言ではありませんが、受け取りかたではそうとれなくもありません。△にしました。
[ろ]伊藤博文は明治天皇から東洋のビスマルクと皮肉まじりに呼ばれていた(○)
■伊藤博文は、プロイセン憲法を真似て明治憲法を作成したそうです。それだけでなく、ビスマルクに憧れていたらしい。いつもビスマルクを意識して行動していたとのこと。「ビスマルクならこんなときどうするか」と自問しながら仕事をしていたのでしょうかね。周囲にもそれは明らかだったようです。ある日宮中に遅刻したとのこと。明治天皇は、「東洋のビスマルクは未だ見えないね」とおつきの人にいったらしい*1。
□伊藤博文と大久保利通は、ビスマルクに面会し、心服します。伊藤博文は帰国してすぐに西郷従道(つぐみち、隆盛の弟の政治家)の家を訪ね、ビスマルクの数々の実績を挙げ、政治手腕を褒めあげたそうです。黙って聞いていた西郷従道は、「ビスマルクはあなたにそっくりですな」と声をかけたとか。興奮気味にしゃべっていた伊藤博文は急にシュンとしてしまったそうです*4。喜ぶのかと思いましたけど、静かになったのは、ちょっと恥ずかしかったのかな。
[は]田中角栄はビスマルクの言葉を座右の銘にしていた(×)
■正しくは、「竹下登(のぼる)は…」だそうです。タレントDAIGOの祖父にあたる人ですね。座右の銘としていた言葉は、「賢者は歴史から学び愚者は経験からしか学ばない」だそうです*1。「歴史を学ぶ」のは小学生でもできますが、「歴史から学ぶ」ことができるのは、限られた人だけなのかな。
[に]ビスマルクは意外に文弱の人であり、学生時代は決して人と争わなかった(×)
■参考資料*5によれば、ビスマルクは17歳でゲッチンゲン大学に入学したものの、酒盛りや決闘が大好きで勉強には熱心でなかったようです。フェンシングが得意で、一年半の在学中に28回決闘し、1度だけ頬にかすり傷を負っただけだったとか。鉄血宰相であるとともに剣豪宰相なんですね。
□ベルリン大学に移ってからもあまり勉強はしなかったらしい。結婚してから妻とベルリン大学を眺める機会があったようです。「ああ、あなたはあの大学に毎日いらしてたのね」、「いや全然」という珍妙な会話になったとのこと。
[ほ]国際会議で堂々と葉巻を吸い、物議をかもしたことがある(×)
■神聖ローマ帝国はナポレオンによって解体され、1814年(文政(ぶんせい)7年)~1825年のウィーン会議の結果、ドイツ連邦が誕生します。プロイセンもその一員でした。盟主はオーストリアであり、連邦議会の議長国ももちろんオーストリア。その指導者メテルニヒは、連邦議会においてはオーストリア代表だけが喫煙できるという妙な約束事をもうけたそうです。オーストリアの優位性を示したかったのかな。
□1862年(文久(ぶんきゅう)2年)にプロイセン首相に就任したビスマルクは、ドイツ連邦議会において堂々と葉巻をくゆらせ、禁令違反ではないかと物議をかもしたことがあるとのこと*5。首相就任後4年目で普墺戦争に勝利し、以後、ドイツはオーストリアと別々の道を歩み始めるようです。
◆参考*1:HP「オットー・フォン・ビスマルク - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%93%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF
◇*2HP「プロイセン王国 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%BB%E3%83%B3%E7%8E%8B%E5%9B%BD
◇*3HP「オーストリア - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2#.E6.AD.B4.E5.8F.B2
◇*4書籍「明治人物逸話辞典 上」初版400頁、森銑三(せんぞう)編、東京堂出版
◇*5書籍「世界人物逸話大事典」、朝倉治彦・三浦一郎編、ISBN4-04-031900-1、角川書店

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