明治の元勲井上馨(かおる)命日。金に汚い大立て者はどんな破廉恥事件の容疑者だったの?

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★歴史★
問題:井上馨は長州出身の元勲です。総理大臣にこそなりませんでしたが、明治時代に外務卿、外務大臣、農商務大臣、内務大臣、大蔵大臣を歴任し、政財界に大きな影響力を発揮した人物です。
■井上馨は、「金に汚い」という噂が絶えなかったようです。明治6年にいったん下野しています。南部藩尾去沢銅山(現秋田県)にかんする汚職事件が原因だそうです。
■参考資料*1には、不思議な逸話が記されています。家をやるといって愛人を住まわせたのにその家を断りもなく勝手に売り飛ばし、金も渡さなかったんだそうです。何回かやらかしたらしい。棲みかを失った愛人の1人が困って井上馨の友人、桂太郎(かつら たろう)に相談したそうです。桂太郎は日露戦争当時の首相です。日本国総理大臣としての最長在任記録を持っています*4。桂太郎は、家の売却代金は女性に受け取る権利があると常識の範囲内で答えたらしい。
■愛人が井上馨に別れ話を切り出すと、3000円とも5000円ともいう手切れ金を提示したそうです。物価が1万倍になっているとすれば3000万円~5000万円ぐらいでしょうか。おっ、気前がいいじゃんと思えば、「これをやるからこれから先は後家を通して男をつくるな」といったとか。晩年の話です。井上馨は70歳を越えていたのですが、女性のほうは20代前半だったらしい。馨ちゃん、年の割には、性欲・金銭欲・独占欲が旺盛だったようですね。
■明治11年(1878年)。満42歳だった井上馨は、政府の高級官僚とはとても思えないような破廉恥罪の容疑者に擬せられました。しばらくして、別の犯人が捕まり、有罪判決を受けます。井上馨は犯人ではなかったのかな。ところが、世間の人は、「怪しいものだ。井上馨ならやりかねないぞ」と考えたようです。では、その犯罪とは次のどれでしょうか? 
[い]駅で置き引きした
[ろ]呉服店で万引きした
[は]偽札を作って使った
[に]国有地を横領した
[ほ]取り込み詐欺にかかわった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]偽札を作って使った
説明:明治11年(1878年)は、西南戦争の翌年であり、大久保利通(としみち)の暗殺された年です。12月になって、京阪神・九州の一部に2円紙幣の精巧な偽札が出回ったらしい。
■例によって白米10kgの価格で比べますと、明治11年には40銭だそうです*5。計算を簡単にするため、現在を4000円と仮定しますと1万倍になります。白米価格だけで眺めれば2円札は現在の2万円相当とも考えられます。それほど高くはないかもしれませんが、高額紙幣だったことは間違いないでしょう。
■偽札は、顕微鏡で覗いてようやくわかるというぐらいに精巧だったらしい。大蔵省は内務省警務局の川路利良(かわじ としよし)に相談します。さっそく捜査に乗り出した川路のもとに、偽札について詳細を承知しているという人物が現れます。木村真三郎(しんざぶろう?)という藤田組の元社員らしい。警察に促された木村は「実地録」という暴露文書を発表したとのこと。
■「実地録」が名指した偽札犯の親玉は藤田組の頭取藤田伝三郎(でんざぶろう)と、政府に復帰して参議だった井上馨です。井上馨は欧州に渡航した際、フランスとドイツで偽札を印刷させ、箱や反物に隠して日本へ運んだといわれます。木村自身は藤田の甥や手代から伝聞し、他言をしない旨の誓約書を書かされたというのです。
■藤田組の藤田伝三郎は長州出身の政商だそうです。西南戦争でもがっぽり儲けたらしい。藤田を拘束し、取り調べますが知らぬ存ぜぬの一点張りです。木村真三郎と対決させたところ、藤田が勝ってしまったらしい。木村は懲役70日の処分を受けたとのこと。
■フランスやドイツに捜査に赴いた川路利良は帰国の途中で喀血して亡くなったそうです*3。川路の死後まもなく、藤田伝三郎の兄弟分にあたる中野梧一(ごいち?)という成金が謎のピストル自殺を遂げます。川路の死にも不審な点があるとして、世間は大騒ぎになったようです。
■7年後の明治18年(1885年)、神奈川県中津村の医者・画家である熊坂長庵(くまざか ちょうあん?)という人物が逮捕されます。30代の人物らしい。明治11年(1878年)の1月に2800枚を偽造し、少しずつ使ったと自白したそうです。自宅から印刷機・用紙・使い残しの紙幣が見つかったとのこと。熊坂長庵氏は明治18年(1885年)12月に無期徒刑の判決を受けたそうです。
■この結末は国民には受け入れがたかったらしい。なにしろ、平安末期の大泥棒として著名な熊坂長範(くまざか ちょうはん)をパクッたような名前です*6。石川六右衛門とか鼠小僧太郎吉というのとおなじぐらいふざけています。人々は笑いこそすれ、信じることはできなかったのでしょう。井上馨が仕組んだ茶番劇と解釈したようです。結局、紙幣偽造事件について、井上馨が裁かれることはありませんでしたが。
■余談です。いろいろな面で怪しい被告、熊坂長庵氏の公判中の弁論についても笑い話が残されています。「被告はあまりにもみごとに偽造したから、その手際の非凡なる故をもって酌量減刑せよ」と弁護士が述べたらしい。変な理屈です。手口を公開しないかわりに減刑という司法取引なら成立可能かもしれません。単に非凡だから減刑では、説教強盗とかスリの名人まで減刑しなければならなくなりそうです。
■なお、井上馨は明治12年(1879年)~明治18年(1885年)に外務卿をつとめ、不平等条約の改正を目指して鹿鳴館を建設した人らしい。いわゆる欧化政策ですね。世論の反発を受け、失敗します。鹿鳴館の失敗とか金や女に対する汚さなどは、評価されない点でしょう。
■功績もあった人物だそうで、たとえば「明治10年代のドイツ公使アイゼンデッヒャーは井上について『前外務卿(寺島宗則(てらしま むねのり))よりよく、温和で礼儀正しい人物』と評価していた」とのこと。外交は人間関係だという話も聞きますから、井上馨の人柄がのちの不平等条約改正に寄与した可能性は否定できないようです。
■また、実業界に多くの才能を育てたことでも知られるとのこと。渋沢栄一(えいいち、「日本資本主義の父」)、益田孝(ますだ たかし、三井物産の創業者)、鮎川義介(よしすけ、日産コンツェルン創始者)などがあげられるそうです。
◆参考*1:書籍「好色家艶聞事典」初版24~30頁、祖田浩一(そだ こういち)編、ISBN4-490-10336-0、東京堂出版
◇*2HP「井上馨 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E9%A6%A8
◇*3書籍「幕末明治風俗逸話事典」初版567~570頁、紀田順一郎(きだ じゅんいちろう)著、ISBN4-490-10338-7、東京堂出版
◇*4HP「自分の脳の重さを計れと遺言して亡くなった首相は誰なの?」
http://blog.q-q.jp/200903/article_34.html
◇*5HP「いまならいくら?(明治、大正、昭和の消費者物価)」
http://chigasakioows.cool.ne.jp/ima-ikura.shtml
◇*6HP「五右衛門、鼠小僧と並び称せられる大泥棒、熊坂長範氏とは? 」
http://blog.q-q.jp/200609/article_56.html

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