信長・秀吉・家康が愛し、保護したのは歌人なの、料理人なの?

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★歴史★
問題:ご存じのように、いうことをきかないホトトギスに関しては、対処法のわかれる戦国の英雄3人です。でも、ある趣味にかんしては妙に共通した点もあるらしい。
■信長、秀吉、家康の3人が共通して愛したり保護したりしたといわれるのは、次のどんな分野の人でしょうか?
[い]歌人
[ろ]陶芸作家
[は]芸能人
[に]調教師
[ほ]料理人
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]芸能人
説明:戦国の3人の英雄が共通して愛したり、保護したりしたのは、猿楽、あるいは幸若舞(こうわかまい)だそうです。猿楽は現在の言葉でいえば能楽です。幸若舞はその原形ともいわれる芸能だそうです。「簡単な舞をともなう語り物」というのが辞書の説明です。
■ご存じのとおり、永禄(えいろく)3年(1560年)の桶狭間の戦いの1時間ほど前、織田信長は幸若舞の「敦盛(あつもり)」を舞ったといわれます。「敦盛」は源平の戦い、一の谷の合戦で一騎打ちに及んだ平敦盛、熊谷直実(なおざね)のお話だそうです。「人間五十年、化天(げてん)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、一度生を享(う)け、滅せぬもののあるべきか」という部分がよく知られていますね。
■秀吉は、猿楽をたいへん愛好したらしい。ご自身のあだ名がついた芸能だからでしょうか。そんなわけはないか。
■余談です。能楽という言葉は、明治時代に入ってからの呼称らしい*1。文明開化のころ、日本の文化を海外に紹介したかった岩倉具視(ともみ)は、猿楽こそ外国にも誇れる芸能だと考えたらしい。ただし、猿という言葉は卑俗に過ぎます。モンキー・ミュージックやモンキー・ダンスと翻訳されると誤解を招きそうですね。で、新たに能楽という呼称を考え、かつての公家や大名たちである華族を会員とする「能楽社」を設立したとのこと。
■閑話休題。秀吉は晩年の数年間だけ、猿楽のファンだったようです。天正(てんしょう)20年/文禄(ぶんろく)元年(1592年)の春、秀吉は名護屋城を構えています。今の佐賀県唐津市あたりだそうです。文禄の役、いわゆる朝鮮征伐の準備らしい。
■秀吉の見込みよりも滞在は長くなったようです。日本各地から陣中見舞いが届いたらしい。その中に猿楽を演じた人がいたようです。金春流の暮松新九郎(くれまつ しんくろう?)という人らしい。秀吉は暮松の舞にいたく感動し、自分の趣味はこれにしようとその場で決めたらしい。暮松に入門し、約3か月でレパートリーを2桁にまで増やしたようです。落語の「寝床」に出てくる商店の大旦那みたいですね。いわゆる旦那芸だったのでしょう。
■大坂城に戻った秀吉は、猿楽(能)の保護につとめたらしい。猿楽を上演する団体は、座と呼ばれていたそうです。畿内を中心に各地に座があったようです。すべてを保護することはできないので、金春座がある大和猿楽(奈良県)の観世(かんぜ)、金春、宝生(ほうしょう)、金剛の4つの座を正統と認めたようです。他の座はこの4座のいずれかに所属するように全国に通達したとのこと。結局、他の座は衰退し、4座のみが生き残ることになったらしい。江戸の初期に金剛座から喜多座が分立して、現在は5座が残っているようです。為政者が自由競争に介入したらしい。
■徳川家康は、幼少のころから観世座の流儀を習っていたとのこと。で、秀吉の保護政策は継承しましたが、観世座を筆頭の座に据えたそうです。猿楽は、公の行事の際に催される式楽(しきがく)として認定されます。各大名でも猿楽を式楽とする例が多かったらしい。おかげで、江戸時代を通じて、猿楽関係者は安定した生活を送れたようです。
■落語に「能狂言」という演目があります。地元に帰った地方の殿様が、次の端午の節句に能狂言を演じろといいだします。江戸で観劇して感激したらしい。あいにく家老たちは能狂言を観たことがない。たまたまその地方にいた江戸の噺家2人は、狂言をかすかに聞きかじっていました。金目当てで家老たちに協力し、かなりいい加減な舞台を実現してしまいます。
■忠臣蔵の五段目、山崎街道の場を狂言に仕立ててしまうという強引なやりかたです。斧定九郎(おの さだくろう、与市兵衛から50両を奪う強盗殺人犯)や与市兵衛(よいちべえ、おかるの実父)が登場する狂言は、参考資料*5*6を探してもありませんでした。
■最後の台詞が「やるまいぞ、やるまいぞ」。これは狂言のおしまいに使われる典型的な台詞だそうです。「逃がさないぞ」といった意味らしい。噺家たちの舞台も「やるまいぞ」で終わっているのですが、その一つ前の台詞が妙です。「おのれ、女郎買いには…やるまいぞ、やるまいぞ」。狂言の曲に女郎買い(買春)です。なかなかふるっています。
■なお、他の選択肢についても3人が共通に愛さなかった証拠はとくにありません。もし3人が共通して保護していたという選択肢があれば、ご教示いただければ幸いです。
◆参考*1:小冊子「ようこそ能の世界へ」高橋忍(しのぶ?)著、国立能楽堂発行
◇*2HP「能 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%BD
◇*3HP「幸若舞 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B8%E8%8B%A5%E8%88%9E
◇*4HP「狂言 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%82%E8%A8%80
◇*5書籍「日本古典文學大系42狂言集(上)」小山弘志校注、岩波書店
◇*6書籍「日本古典文學大系43狂言集(下)」小山弘志校注、岩波書店

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