英国とキリスト教の運命を変えた女アン・ブーリン。乳房は3つ、手の指は6本あったの?

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★歴史★
問題:現在のイギリスはカトリック(旧教)ではなく、イングランド国教会というキリスト教の一派が多数派を占めています。プロテスタント(新教)に分類される宗派だそうです。
■イングランド国教会が誕生したのは、ヘンリー8世という王様のわがままがきっかけだったらしい。ヘンリー8世は1491年(延徳(えんとく)3年)に生まれ1547年(天文(てんぶん)16年)に亡くなったテューダー朝の王様です。日本でいえば今川義元(よしもと)よりも28年早く、織田信長より43年早く、徳川家康の曾祖父松平信忠(のぶただ)よりも1年遅く生まれた人らしい。
■ヘンリー8世はキャサリン・オブ・アラゴンという女性と結婚していました。でも、キャサリンの侍女であるアン・ブーリン嬢と結婚したくなります。1527年(大永(だいえい)7年)に、ローマ教皇国にキャサリンとの離婚を認めてくれと申請したそうです。ヘンリー8世は満36歳ぐらいだったのかな。王妃キャサリン・オブ・アラゴンは満42歳ぐらい、アン・ブーリン嬢は満20歳ぐらいだったようです。ヘンリー君は「女房と畳は新しいほうがいい」と思ったのかな。
■当時はまだヘンリー8世をはじめとして、イギリス人の大多数はカトリックに帰依していたらしい。カトリックでは離婚は認められないため、実際には離婚ではなく「婚姻の無効宣言」を頼んだようです。異教徒から見ると、どっちでもおなじじゃないかと思いますけど。
■「婚姻の無効」は、中世の王族や貴族がよく利用した便法だそうです。キャサリンは、元々はヘンリー8世の兄の嫁さんだったらしい。普通ならばこれを口実に「婚姻の無効」を申し立てることも可能だったようです。ところがキャサリンと結婚する際に、当時の教皇ユリウス2世から教会法規による特免を受けていたらしい。教皇としては、いったん「例外的に合法」と認めたものを「やっぱり違法だから無効」とは言いにくいでしょうね。
■当然ながらローマ教皇国はヘンリー8世の申請を却下したそうです。キャサリンの甥が神聖ローマ皇帝カール5世という有力者だったらしい。いろいろ政治的な思惑もからんでいたようです。
■やりたいことをやる主義のヘンリー8世はローマ教皇国からの独立をたくらみます。1530年代前半に国内の宗教家たちを丸めこみます。1533年(天文(てんぶん)2年)年にキャサリンと離婚。念願かなってアン・ブーリンと結婚してしまったらしい。ヘンリー8世は満42歳、アン・ブーリン嬢は満26歳ぐらいになっていたらしい。
■1534年(天文(てんぶん)3年)には国王至上法を公布します。国王は俗なる世界とともに聖なる世界にも君臨することになったようです。もちろん教皇側はヘンリー8世を破門します。1517年(永正(えいしょう)14年)にはマルチン・ルターを破門しています。教皇側はこのころ、勃興する新教勢力とも戦い、イギリスのわがままな王様とも戦わねばならなかったらしい。
■本日5月19日は、イギリスがカトリックから改宗するきっかけとなった女性の474回目の祥月命日だそうです。天文(てんぶん)5年(1536年)に処刑されたらしい。満29歳ぐらいかな。その数奇な運命をしのびつつ、アン・ブーリン嬢にかんする雑学クイズです。次のうちで正しい記述はどれでしょうか?
[い]アン・ブーリンは絶世の美女だった
[ろ]アン・ブーリンは乳房が3つ、右手の指は6本あったと伝えられる
[は]アン・ブーリンの娘がエリザベス1世である
[に]アン・ブーリンは魔女であるとして処刑された
[ほ]アン・ブーリンとヘンリー8世の結婚に最後まで反対したフランシス・ベーコンは、斬首刑に処されてしまった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]と[は]、[に]が正しい
説明:[い]アン・ブーリンは絶世の美女だった(×)
■口絵がアン・ブーリン嬢だそうです。Wikipediaのアン・ブーリンの項によれば、「濃い茶色の髪をしたやや痩せ気味の不美人」だそうです。素町人は最初「赤毛のアン」かと思いました。おかげで我が家のモニターは赤味が強く映るらしいことに気づきました。
□当時は、「金髪、色白、豊満」が美人の典型とされていたらしい。だとすれば、アン・ブーリン嬢は少し規格外なのかもしれません。Wikipediaにはもっと大きな肖像画も掲げられています。実物大に拡大して眺めても、たしかに美人さんではありませんね。
□アン・ブーリンの姉妹にメアリー・ブーリンという女性がいたそうです。この女性はアンよりも早くヘンリー8世の愛人だったらしい。金髪、色白、豊満であり、アンよりも容貌の点においては優れていたようです。
□ヘンリー8世はなぜ「不美人」のアンを見初めたのか。国を賭し、教皇と断絶してまで結婚したいと思ったのはなぜか。ちょっと不思議ですね。Wikipediaによれば、「気が強く、意思が強固で策略家だった」とのこと。顔や体ではなく、頭と心で勝負するタイプだったのかな。
□ちなみに、シーザーやアントニーをたらしこんだエジプトの女王クレオパトラも、美女説と並んで実は容貌の不自由な人であったという説があるそうです*4。
[ろ]アン・ブーリンは乳房が3つ、右手の指は6本あったと伝えられる(○)
■参考資料*2は怪しくも楽しい読み物ですが、この中でアン・ブーリンには3つ目の乳房があったという説が紹介されています。
□乳房が3つ以上ある人は、白人では0.4%だが日本人では10%程度という話があります*3。現在では、3つ目以降の乳房は副乳房と呼ばれるらしい。この場合、定位置にある乳房は主乳房なのかしらん。
□また、Wikipediaを信ずるとすれば、「右手が6本指であったことは、英国では周知の事実として受け入れられている」とのこと。
□ホントかどうかはともかくとして、伝説の生まれやすい人物、型破りな人物だったことは事実のようですね。
[は]アン・ブーリンの娘がエリザベス1世である(○)
■ヘンリー8世とアン・ブーリンの熱愛は、イングランド国教会という新しい宗派をうみだしました。それだけでなく、ふたりの熱愛は、エリザベスという女児もうみだすことになります。
□エリザベスはのちに女王エリザベス1世となり、イギリスを弱小国から大国へと成長させたようです。偉大な指導者でした。現代の日本にも欲しいですね、こういう人。失礼ながら、あの人じゃねぇ。
□エリザベス女王の時代に活躍したのがシェークスピアだそうです。新大陸に植民地を開いたサー・ウォルター・ローリーもこの時代の人らしい。ローリー君はエリザベス女王との間に桃色の噂もささやかれているようです。
□日本でいえば、徳川家康がエリザベス女王とほぼ同時代を生きています。慶長(けいちょう)8年(1603年)、家康が征夷大将軍に任じられ、江戸時代が始まった年にエリザベス1世は亡くなったらしい。
[に]アン・ブーリンは魔女であるとして処刑された(○)
■1533年(天文(てんぶん)2年)にヘンリー8世の正式の妻となり、同時にエリザベスを産んだアン・ブーリンです。1536年(天文(てんぶん)5年)には処刑死しているそうです。
□原因はジェーン・シーモアという女性の登場だったらしい。ヘンリー8世の正式の妻6人のうちの3番目になる人だそうです。3年目の浮気は怖いな。大目には見ていられません。
□処刑の口実としては、「反逆、姦通、近親相姦及び魔術」というものらしい*1。冤罪かどうかはよくわかりません。「魔術」という点では、ひょっとしたら3つ目の乳房も原因となっているのかな。参考資料*2によれば、当時のイギリスでは、副乳房は魔女の証拠とされたらしい。「魔女の乳房」を捜索する係官が任命されていたとのこと。副乳房を針で突っつき、痛みを感じなければ魔女と決めつけられたようです。魔女は悪魔の配偶者であり、悪魔と性行為を持つと考えられていたとのこと。
□「1600年ごろバヴァリアに住んでいたアンナ・パペンハイマーという女性は、悪魔と関係を持ったと白状するまで拷問にかけられ、家族3人とともに火あぶりにされました。処刑前にアンナの乳房は切り落とされ、彼女自身の口と、2人の息子の口に押し込まれた…」という話も参考資料*2にありました。
□Wikipediaによれば、アン・ブーリンの処刑に際して、ヘンリー8世はフランスから斬首の専門家を呼んだとのこと。イギリスの斬首役は下手くそが多く、死刑囚の苦しみが大きいのが通例だったようです。楽に死なせてやろうというせめてもの思いやりなのでしょうか。
[ほ]アン・ブーリンとヘンリー8世の結婚に最後まで反対したフランシス・ベーコンは、斬首刑に処されてしまった(×)
■正しくは、フランシス・ベーコン氏ではなく、トマス・モア氏です。モア氏は、「ユートピア」という著作でよく知られています。法律家にして思想家だそうです。
□1529年(享禄(きょうろく)2年)には、官僚の最高位である大法官という地位にのぼりつめたそうです。信念の人だったようです。カトリック信者として国王至上法に反対したのが仇となったらしい。1535年(天文(てんぶん)4年)に処刑されたとのこと。
□Wikipediaによれば、我ら衆愚としてはなんとなく親しみを覚えてしまうエラスムス氏と親交のあった人物だそうです。エラスムス氏の名著「痴愚神礼賛(痴愚礼讃とも)」は、氏がトマス・モア氏の屋敷に滞在中に執筆したものらしい。本の中では、「人間の営為の根底には痴愚の力が働いているのだ、人間は愚かであればこそ幸せなのだ」と痴愚の女神が主張しているとのこと。う~ん。われながら、幸せになる条件は満たしているな。
◆参考*1:HP「アン・ブーリン – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3
◇*2書籍「世界性生活大全」初版184~185頁、桐生操(きりゅう みさお)著、ISBN-4-16-365970-6、文藝春秋
◇*3HP「おっぱいが3つ以上ある人は日本人に多いの?
http://blog.q-q.jp/200812/article_41.html
◇*4HP「クレオパトラはホントに美女だったのか?」
http://blog.q-q.jp/200512/article_67.html
◇*5エリザベス女王の即位した日。同時代を生きたのは徳川家康なの?」
http://blog.q-q.jp/200911/article_19.html
◇*6HP「「痴愚神礼賛」という妙なタイトルの本を書いたのはだれ? 」
http://blog.q-q.jp/200610/article_7.html

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