シャーロック・ホームズを生んだ作家コナン・ドイルの誕生日。晩年の赤っ恥とはどんなこと?

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★歴史★
問題:安政(あんせい)6年(1859年)の今日、5月22日。スコットランドのエディンバラという都市で、アーサー・コナン・ドイル氏が生まれました。
■エディンバラはスコットランドの首都だそうです。イギリス全体ではロンドンに次いで観光客の多い町。そしてスコットランドの中ではグラスゴーに次いで人口の多い町とのこと。
■グラスゴーは中村俊輔(しゅんすけ)や水野晃樹(こうき、元ジェフ千葉)のサッカーチーム、セルティックFCの本拠地ですね。エディンバラのほうはハート・オブ・ミドロシアンFCとハイバーニアンというサッカーチームの本拠地らしい。どちらもあまり知られていないようですが。
■実は、コナン・ドイル氏自身も作家選手だったようです。失礼、サッカー選手だったようです。若いころ、ポーツマスAFCというクラブに所属していたらしい。「現プレミアリーグのポーツマスFCが創設されたころの初代GKだった」という噂もあるようです。Wikipediaのドイル氏の項が主張するところでは、これは誤りとのこと(100522現在)。
■コナン・ドイル氏は、ご存じのように作家として有名です。シャーロック・ホームズとドクター・ワトソンという凸凹コンビを創作し、推理小説の始祖ともいわれているそうです。ベストセラーかつロングセラー作家ですね。
■SF作家としても著名です。恐竜や猿人が登場する「失われた世界」などが知られています。映画「ジュラシック・パーク」やその原作に大きな影響を与えた作品といわれます。ひょっとしたら映画「猿の惑星」も影響を受けているのかな。またアニメ「名探偵コナン」は、ドイル氏の名前から多大な影響を受けているようですね。
■残念ながら、コナン・ドイル氏はその晩年に妙な出来事にかかわり、少しだけその名声を汚してしまったようです。では、コナン・ドイル氏に赤っ恥をかかせた事件とは、次のどれでしょうか?
[い]錬金術にはまり、印税のほとんどをつぎこんだ
[ろ]世界で一番早く南極点に到達するという探検家に投資したが、まったくの詐欺話だった
[は]アインシュタインの「相対性理論」を「馬鹿馬鹿しい寝言」と批判するグループに加わった
[に]不老不死のビタミンが見つかったとするニセ学者の言を信じ、高額でインチキな薬を買い、飲み続けた
[ほ]写真に映った妖精を「実在する証拠」として信じた
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]写真に映った妖精を「実在する証拠」として信じた
説明:コティングリー妖精事件と呼ばれる事件だそうです。
■大正5年(1916年)の7月から1920年のあいだに撮られた5枚の写真にまつわる事件だったようです。イギリスのブラッドフォードという地方都市の近くにあるコティングリー村で起こったらしい。ブラッドフォードはスコットランドに近い位置にある町だそうです。現在は人口30万ぐらいの地方都市らしい。
■主役はフランシス・グリフィスとエルシー・ライトという女性です。最初の写真が撮られたという大正5年(1916年)年当時でフランシスは8歳10ヶ月、エルシーは15歳ぐらいだったようです。エルシーがフランシスの写真を撮影したらしい。そこに妖精が映り込んでいたそうです。5年ほどのあいだに撮影された5枚の写真にはいずれも妖精が踊っている姿が映っていたらしい。妖精は映画や絵本で見るティンカー・ベルのように小さかったようです。薄いガウンをはおって背中には羽が生えていたらしい。1枚の写真にはノームと呼ばれる高齢の男性妖精も映っていたらしい。ノームはエリザベス朝時代の格好をしていたそうです。
■参考資料*4では、その問題の写真の1枚らしきものが見られます。「妖精の出現―コティングリー妖精事件」というコナン・ドイル氏が書いた本の表紙だそうです。手にとって見たわけじゃないので、確かではないのですが、ホントに妖精事件の写真だとした場合、現代ではなかなか信じてもらえそうもない写真です。
■コナン・ドイル氏は元々は開業医だったらしい。副業として1886年(明治19年)にホームズシリーズの最初の作品「緋色の研究」を発表したそうです。以来、作家として成功、お金と名声を得たようです。でも、第一次世界大戦(1914~1918)で息子や親戚を失いました。心の空洞を埋めるためなのでしょうか。神秘主義に走ったようです。心霊研究の講演などをしてまわったらしい。そんなときにフランシスとエルシーの写真を見て「妖精実在の証拠」と信じたようです。このころ、ドイル氏は50代後半から60歳ぐらい。まだ判断力の曇る年代ではないのですけどね。周囲の人の死の衝撃がそれほど大きかったということかな。
■写真が発表された当初から、現実主義者たちは疑惑の目を向けていたらしい。しばらくすると、写真に映り込んでいた妖精とおなじポーズをした絵本が見つかるなど、怪しい証拠が出てきたようです。ただし、コナン・ドイル氏が71歳で亡くなる昭和5年(1930年)7月7日までは、フランシスとエルシーは「写真が作り物である」ことを白状しなかったようです。
■Wikipediaのコティングリー妖精事件の項によれば、少女たちは両方とも1980年代まで生きたらしい。死ぬ前に、「絵を模写して切り抜き、帽子止めのピンで固定していた」ことを明かにしたそうです。ただし、フランシスは最後の1枚は本物であると死ぬまで言い続けたとのこと。また、2人ともたしかに妖精は見たと言い続けたらしい。ネス湖の巨大生物の写真やミステリーサークルと並んで、イギリス人による愉快な作り話として後世に語り継がれるのかもしれません。
◆参考*1:HP「アーサー・コナン・ドイル – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%AB#.E8.91.97.E4.BD.9C
◇*2HP「コティングリー妖精事件 – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%A6%96%E7%B2%BE%E4%BA%8B%E4%BB%B6
◇*3書籍「素顔の科学誌」初版102~103頁、左巻健男(さまき たけお)編著、東京書籍
◇*4HP「妖精の出現―コティングリー妖精事件」のアマゾンの頁
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/487282301X/choninshianba-22/ref=nosim

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