藤原基経(もとつね)の命日。史上初の関白は藤原時平(ときひら)のオヤジさんなの?

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★歴史★
問題:891年(寛平(かんぴょう)3年)の今日、2月25日。藤原基経(もとつね)という政治家が亡くなりました。
■基経という人物はさほど知られた人ではありません。でもどこかで聞いた名前だと思ったら、芥川龍之介の小説「芋粥(いもがゆ)」に名前が出てきます。芋粥が大好物の主人公が仕えていた御主人の名前が藤原基経でした。
■藤原姓で一、ニを争うぐらいに有名なのは藤原道長(みちなが)という政治家ですね。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月(もちづき)の 欠けたることも なしと思へば」という遠慮のない歌を詠んで後世の人々から顰蹙を買っています。西暦でいえば1000年前後に活躍しました。紫式部や清少納言と同時代ですね。
■藤原基経は、その道長の高祖父にあたるそうです。高祖父は曽祖父の父、曽祖父は祖父の父、祖父は父の父だそうです。「高祖父>曽祖父>祖父>父>当人」となるらしい。4代前になるのかな。
■藤原基経の息子に藤原時平(ときひら/しへい)がいます。この人もけっこう有名人ですね。歌舞伎の「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」では敵役です。物語どおり、実在の菅原道真(みちざね)の政敵でもありました。西暦でいえば900年前後に活躍しました。「古今和歌集」を編纂させたともいわれます。
■藤原基経は、のちの藤原氏の栄華を決定づけた人物だそうです。日本の歴史上初の関白に就任した人らしい。
■本日は初代関白の1118回目の命日にちなみ、藤原基経氏にまつわるクイズです。基経は「学者間の論争を出世に利用した人物」と言われているそうです*3。ではそれは、どんな論争だったのでしょうか?
[い]役人のある地位名が名目だけなのか実質の権力を持つのかという論争
[ろ]和歌と漢詩の優劣論争
[は]甘党と辛党のどちらが偉いかという酒餅論(しゅべいろん)
[に]仏教と神道の代表者のどちらが宗教界を指導すべきかという論争
[ほ]遣唐使をこれ以上続けるべきかどうかという論争
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]役人のある地位名が名目だけなのか実質の権力を持つのかという論争
説明:仁和(にんな)3年(887年)の11月に、宇多(うだ)天皇が21歳で即位されます。即位後、摂政太政大臣だった藤原基経に大政を委ねようとし、「万機はすべて太政大臣に関白し、しかるのちに奏下にせよ」という詔書(しょうしょ)を下したとのこと。これで「関白に任命する」という意味になるそうです。素人には暗号みたいですね。この文章は、当時の最高位の学者橘広相(たちばなのひろみ)が起草したそうです。
■基経は儀礼としていったん辞意を乞うたらしい。落語「紀州」に登場する尾州公みたいですね。宇多天皇は重ねて橘広相に起草させ「宜しく阿衡(あこう)の任を以て、卿の任となすべし」との詔(みことのり)を下したとのこと。阿衡は、中国古代における人臣最高の地位を示す語だそうです。天皇としては、基経に深く敬意を払ったつもりなのでしょう。
■橘広相を妬(ねた)んでいた藤原佐世(すけよ)という学者がいました。藤原佐世は基経に対し、「阿衡は位は高いが担当する仕事のない立場です。(橘広相の書いた文書は)太政大臣を辞めろと示唆しているのでしょう」と耳打ちしたらしい。
■基経は佐世説を受け入れ、朝廷への出仕をやめ、自宅に引きこもってしまったらしい。なんと1年間も出仕しなかったようです。その間、学者たちは佐世説と広相説にわかれて大論争を繰り広げたとのこと。政治のほうはどうなっちゃたのでしょうか。外交内政ともにたいした課題のない時期だったのかな。
■宇多天皇は困りはてて、結局橘広相を罷免して天皇が自らの誤りを認める詔を発したそうです。藤原氏の権力が天皇よりも強いことをあらためて天下に示すことになりました。なお、このとき、宇多天皇の詔には、「チンが間違っていたから帰ってきてくれ、基経、カンパック(関白)!」という駄洒落が記されていたという噂がありますが、きっと嘘でしょうね。
■基経はさらに橘広相を流罪にすべきと主張したらしい。このときは菅原道真のとりなしで橘広相は流されずに済んだようです*1。
■阿衡事件と呼ばれるこの出来事で宇多天皇は強い屈辱を感じ、藤原氏に対して深い恨みを抱いた模様です。寛平(かんぴょう)3年(891年)の基経の没後に菅原道真を重用するきっかけともなったらしい*1。
◆参考*1:HP「藤原基経 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E5%9F%BA%E7%B5%8C
◇*2HP「藤原氏系図」
http://park17.wakwak.com/~tatihana/onmyou/yougo_folder/fj_keizu.html
◇*3書籍「日本史こぼれ話200」新書初版41頁、二木謙一著、ISBN4-537-25453-X、日本文芸社

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