名古屋城金鯱の鱗が盗まれた日。今の金鯱は100kg以上の純金が使われているの?

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★歴史★
問題:昭和12年(1937年)の今日、1月4日。名古屋城の金鯱(きんしゃち/きんこ/きんのしゃちほこ)の鱗(うろこ)58枚が盗まれたそうです。金鯱の鱗は取り外しができる仕組みだったのか。知りませんでしたね。「事情をよく知る者の犯行」かな。
■名古屋城の金鯱は高さが2.6mほどあるものだそうです。大きいんですね。現在の金鯱は雄と雌の一対で88kgの18金が使われているそうです*3。ということは純金にして66kgかな。1g=3000円の相場だとすれば、約2億円の金が使われていることになります。金閣寺よりは多いけど奈良の大仏(創建当初)よりは少ないのかな*4*5。なお、100103現在のWikipediaには「使用された金の重量は1対で88kg」と記述されています。これが「88kgの純金」を意味するのであれば、2億6666万円ぐらいということになるのかな*1。
■本日は72年前に金鯱の鱗が盗まれたことにちなみ、名古屋城の金鯱にかんする雑学クイズです。次のうち正しい記述はどれでしょうか?
[い]鱗が盗まれた金の鯱は、織田信長が作らせた安土桃山時代の職人の作品だった
[ろ]創建当時の金鯱は現在のものよりも少し小ぶりで金の使用量も少なかった
[は]江戸時代には少しずつ金をはがしていき小さくなってしまった
[に]雌の鯱は海外の展示会を回っているうちにいったん行方不明となったが、6年後に戻ってきた
[ほ]戦災で変形してしまった古い金鯱の金は、現在は金塊となって市役所の金庫に眠っている
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)
























★歴史★
正解:[に]が正しい
説明:[い]鱗が盗まれた金の鯱は、織田信長が作らせた安土桃山時代の職人の作品だった(×)
■正しくは、「慶長(けいちょう)17年(1612年)、名古屋城天守閣が竣工した当時のもの」だそうです。すでに江戸時代に入っていたようです。
□名古屋城は慶長(けいちょう)14年(1609年)に徳川家康が9男義直(よしなお)の尾張藩の居城として築くことを決心したらしい。慶長(けいちょう)15年(1610年)に建設工事が始まったそうです。□このころの家康は息子の秀忠に将軍は譲ったものの天下に睨みをきかせていたらしい。西国諸大名に工事を手伝わせてその力をそいだり、徳川家に対する恭順の姿勢を調べたりしたようです。
[ろ]創建当時の金鯱は現在のものよりも少し小ぶりで金の使用量も少なかった(×)
■正しくは、「…現在のものよりも少し大ぶりで金の使用量は格段に多かった」だそうです。現在のものは高さが2.6mだそうですが、創建当時のものは2.74mだったらしい。純金にして215.3kgの金が使われていたとのこと。現在の相場なら6億円以上でしょうか。慶長大判1940枚分だったそうです。
[は]江戸時代には少しずつ金をはがしていき小さくなってしまった(△)
■正しくは、「前後3回にわたり金の改鋳を行ない、金純度を下げた」だそうです。尾張藩の財政が悪化するたびに溶かして作り直したということなのかな。金の純度が下がったので光沢が鈍ってきたそうです。金鯱に金網をかぶせ、遠くから眺めても違いに気づかれないようにしていたらしい。盗難防止のためという名目にしたとのこと。実際、なんどか盗まれたことがあったらしい。大凧に乗って盗もうとした漫画のような発想の持ち主もいたと聞きます。
□58枚の鱗が盗まれた昭和12年(1937年)の盗難事件の際にも金網は被っていたとのこと。盗難防止としてはあまり効果がなかったようですね。
□なお、改鋳説はWikipediaの名古屋城の項に書かれていたものです(100104現在)*1。読売新聞には、鱗の金を少しずつはがしていったという説が記されていました*3。どちらが正しいのかはわかりませんでした。△としました。
[に]雌の鯱は海外の展示会を回っているうちにいったん行方不明となったが、6年後に戻ってきた(○)
■明治維新の直後、尾張藩は名古屋城の破却を申し出たそうです。敵対する意志のないことを示そうとしたのでしょうか。新政府の担当者山縣有朋(やまがた ありとも)は、外人顧問の意見なども聞き入れ、名古屋城を保存することに決めたらしい。
□金の鯱は明治4年(1871年)に政府に献納され、宮内省に納められたそうです。雄の鯱は国内の博覧会など、雌の鯱はウイーン万国博覧会に出品されたらしい。雌の鯱はなかなか帰ってこなかったようです。輸送にあたった船が沈んだという噂が流れたりして、市民はヤキモキしたらしい。明治12年(1879年)に金の鯱は天守に戻り、再び名古屋市を見守ることになりました。
[ほ]戦災で変形してしまった古い金鯱の金は、現在は金塊となって市役所の金庫に眠っている(×)
■正しくは、「2器の金の茶釜と市旗の冠頭(かんとう?)になっている」だそうです。金の茶釜というのは誰がどんな時に使うものなのでしょうか。不思議な保存方法ではあります。市旗はふだんは市役所に飾られているのかな。冠頭というのはきっと旗棒の先端につける飾りなのでしょう。
□江戸時代には金の量がだんだん減らされてしまうし、維新の直後には雄と雌が離れ離れに見世物にされるし、昭和に入ってからは鱗が盗まれたり猛火にあぶられたり。苦労を重ねた初代の金鯱です。今は落ち着いた余生を送っているようです。
□現代の金鯱は2代目ということになるらしい。2代目の人生は苦労の少ないものであってほしいですね。
◆参考*1:HP「名古屋城 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%9F%8E
◇*2HP「市政資料館」(ウロコが盗まれた件)
http://www.higashishirakabe-e.nagoya-c.ed.jp/jidokatudo/gakku_rekisi/kanko/siseisi.htm
◇*3新聞「[こころの風土記]紀行 名古屋市(愛知県)コンサートマスター・大谷康子さん」990911読売新聞東京夕刊05頁
◇*4HP「奈良の大仏に使われた金はどのぐらい? 」
http://blog.q-q.jp/200702/article_57.html
◇*5HP「金閣寺棟上の日。貼られている金箔は全部でおいくらなの?」
http://blog.q-q.jp/200904/article_23.html

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この記事へのコメント

sadakun_d
2013年01月24日 12:50
「尾張名古屋は城で持つ」の名古屋城は愛知県民の誇りであり心の支え

金の鯱(シャチホコ)を遠目に眺めては安心した江戸時代。今もNHK名古屋ニュースにたびたび名古屋城は登場します

金の鯱の鱗は凧を使った泥棒に盗まれ、大阪で売られたとか(名古屋市が買い戻したのかな)

のどかなる尾張徳川さんでございます
sadakun_d様<素町人
2013年01月25日 10:14
コメントをありがとうございます。

 金の相場は、130125現在で5000円前後です。本記事が書かれたときに比べてずいぶんあがっています。鯱鉾はともかく、金の茶釜や冠頭は今が売り時かな。
(^^;)

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