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zoom RSS 明治時代の「告白者」。現代の言葉に直すと「容疑者」なの?

<<   作成日時 : 2009/12/16 07:22   >>

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★日本語★
問題:明治時代の文章を眺めていたら、「告白者」という言葉にぶつかりました。一瞬、意味がわかりませんでした。でも、前後の文脈から見当がつけられました。
■では明治時代に告白者と呼ばれたこともあるのは、次のどの立場・職業の人物でしょうか?
[い]映画の弁士
[ろ]法廷の容疑者
[は]寄席の落語家
[に]学校の講師
[ほ]教会の牧師
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:[い]映画の弁士
説明:「告白者」という言葉が使われているのは、神田錦輝館(きんきかん)という映画館で初めて動画を見た人の感動を伝える文章です。神田錦輝館は千代田区神田錦町にあったらしい。明治33年(1900年)のお話だそうです*1。
■「一面に白い布を垂らし、その上には何もない。告白者(弁士)が進んで出て、観客に高く告げる。ある工場の前の風景らしい。水が噴き上がって子供たちが遊び、電車が往来している…」。
■この文章を書いているのは依田学海(よだ がっかい、學海)という人物です(口絵参照)。漢学者であり、作家・劇作家でもある由。森鴎外(おうがい)の師匠筋に当たる人物らしい*2。収載されているのは「談叢(だんそう?)」という著書の中だそうです。
■日本にはアメリカ・エジソン方式の映写機とフランス・リュミエール社方式の映写機がほぼ同時期に輸入され、興行されたそうです。映画というよりは活動写真なんでしょうね。西洋で撮影された風景を日本で見せているだけなのかもしれません。物語のある活動写真はまだ入ってきていないのかな。ともあれ、弁士という言葉が生まれるには多少の時間がかかるらしい。
■その10年ほどあと、明治44年(1911年)に浅草の金龍館(きんりゅうかん)という映画館で「探偵奇譚ジゴマ」というフランス製の活動写真が封切られます。これが日本における洋画の最初の大当たり作品だったらしい。凶悪なる悪人集団Z組の首領ジゴマ氏は、仕事が終わると「Z」と書かれた手札(カード)を置いていったようです。Zの目印は快傑ゾロに似ているな。パリは恐怖の巷と化すわけですが、最後には好敵手の探偵に捕らえられて自殺するとのこと。このころにはすでに弁士という職業があったのかな。
■明治が終わり、大正が始まるころの日本では、子供たちはジゴマごっこに興じていたようです。大正元年(1912年)10月4日の「東京朝日新聞」には「ジゴマ」という連載記事が掲載されていたらしい。「あいつはジゴマだよ」なんて言葉も流行していたとか*1。
◆参考*1:書籍「明治東京逸聞史2」東洋文庫初版20頁、森銑三(せんぞう)著、ISBN4-582-80142-0、平凡社
◇*2HP「依田學海 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%9D%E7%94%B0%E5%AD%A6%E6%B5%B7
◇*3HP「ジゴマ - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%B4%E3%83%9E

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