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●●●●●★歴史★● 問題:安政(あんせい)6年(1859年)の今日、11月24日。イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンは「種の起源(The Origin Of Species)」という本を出版しました。生存競争、適者生存などの考えかたを提示したそうです。本日は、ちょうど1世紀半が経過したという中途半端な記念日ですね。 ■すべての生物は一種あるいは数種の祖先的な生物から分岐して誕生したとダーウィン氏は述べているとのこと。いまの日本人の多くは、自分が蛙やミジンコとおなじ祖先を持つと聞いてもそんなに驚きません。でも、アメリカでは地域により進化論をまるで教えないと聞きます。自分たちが神によって選ばれた存在だ信じているからだそうです。 ■本日は、ダーウィン氏の画期的な著作物の150回目の出版記念日を寿ぎ、「種の起源」にかんするクイズです。次の人々の中で「種の起源」を和訳したことのあるのは誰でしょうか? [い]幸徳秋水(こうとく しゅうすい) [ろ]堺利彦(としひこ) [は]大杉栄(さかえ) [に]山本宣治(せんじ) [ほ]荒畑寒村(あらはた かんそん) (答えはずっと下↓ スクロールして下さい) ●●●●●★歴史★● 正解:[は]大杉栄(さかえ) 説明:どちらかといえば左方面の人々が選択肢に並びました。この中でいちばん容疑が濃いのは山本宣治でしょう。ヤマセンこと山本宣治は、生物学者であり、かつ国会議員でした。米国留学の経験があり、「種の起源」にも触れたようです*3。オナニー肯定論を唱えた人らしい。残念ながら大正14年(1925年)に右翼に刺殺されてしまいました。 ■大杉栄は、虐殺されたことで名前が残ったようなところがあります。大正12年(1923年)9月1日の関東大震災のあとで憲兵隊に拘束され、殺されたそうです。多くの本ではこの事件が強調されており、大杉栄の他の面はあまり触れられていません。 ■大杉栄は、社会運動家で無政府主義者でした。でも、ソ連のコミンテルンから資金援助を受けていたようです。コミンテルンは大正8年(1919年)にロシア共産党が主導して結成された国際的な労働者組織とのこと。世界革命を目指し、各国の同志を支援していたらしい。大杉栄の反権力の姿勢は悪くありませんが、外国から金を受け取ってしまったのでは好感度は下がります。スパイと疑われては、社会の改良など果たせるはずもありません。 ■大杉栄が次に知られるのは大正5年(1916年)11月9日の日陰(ひかげ)茶屋事件と呼ばれる出来事だそうです。愛人神近市子(かみちか いちこ)に刺されたらしい。大杉は艶福家でカミサンの他に愛人が何人かいたそうです。その1人が関東大震災直後に一緒に殺された伊藤野枝(のえ)だったようです。 ■ふたりで葉山の旅館の一室にいるところに神近市子女史が現れたらしい。野枝は帰ってしまいます。開き直る大杉栄と神近市子。そのうち大杉栄は寝てしまいます。夜は更けていきます。明け方に1人でとぼとぼ帰る自分の姿を想像した神近市子は、持参した短刀を懐中から取りだし、大杉栄の首に傷をつけたらしい。大杉は驚き、逃げる神近市子を追おうと起き上がります。でも倒れてしまいます。重傷だったらしい。このとき、大杉栄は31歳。伊藤野枝21歳、神近市子28歳だったらしい。 ■神近市子は自殺するべく葉山の海に入っていきます。映画の1場面のようですね。でも死にきれずに自首します。憎い男も自分も殺せなかった。優しい人だったのかな。 ■大杉栄は、軍人の家庭に育ち、軍人になるべく教育を受けましたが挫折して社会主義に目覚めた人らしい。専門教育を受けているのかどうかは知りませんが、意外なことに大正11年(1922年)にはジャン・アンリ・ファーブルの「ファーブル昆虫記」を日本で初訳出版しているそうです。生物学に関心があったのかな。 ■ちなみに、「種の起源」を初めて和訳したのは立花銑三郎(せんざぶろう)という人らしい。明治29年(1896年)に「生物始原」という題名だったとのこと。大杉栄は大正4年(1915年)に「種の起源」の和訳をだしたとのこと。 ■もうひとつちなみに、原書の正確な題名は、「On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life」という長ったらしいものだそうです。「自然選択の方途による、すなわち生存競争において有利なレースの存続することによる、種の起原」とWikipediaには和訳が記されていました。 ■余談です。江戸時代の画家・洋学者である司馬江漢(しば こうかん)は、「春波楼筆記(しゅんぱろうひっき)」という書物に、「人間の起こりは天地より湧き出たる虫なり。往古は土を穿ちて穴居す。而して後、己の為に争闘を起こし相戦う」と書いているとか。素人には「進化論」に似ているようにも見えます。「春波楼筆記」は文化(ぶんか)9年(1812年)ごろ、ダーウィンが「種の起源」を書くよりも約半世紀ほど前に記されたそうです。 ◆参考*1:HP「種の起源 - Wikipedia」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%AE%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90 ◇*2HP「チャールズ・ダーウィン - Wikipedia」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3 ◇*3HP「山本宣治が暗殺された日。政治だけでなく性教育にも熱心だったの? http://blog.q-q.jp/200903/article_10.html ◇*4HP「安曇野を歩く」 http://www.shimintimes.co.jp/yomi/aruku/94.html ぬけられます→歴史雑学クイズ一覧 |
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