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zoom RSS 【含む性的表現】川柳で知る江戸の夜。四つ目屋とはどんな店なの?

<<   作成日時 : 2009/10/14 07:43   >>

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★日本語★
問題:毎度おなじみ、江戸時代の桃色川柳を集めた「誹風末摘花(はいふうすえつむはな)」からのクイズです。
■江戸時代は両国に薬研堀(やげんぼり)という町がありました。この地に四つ目屋というたいへんよく知られたお店があったそうです。江戸見物に来た人々のうち、少なからぬ人がこっそり訪れたというお店らしい。
■江戸時代の両国は江都随一といっていいほど繁華な場所だったそうです。そこにあった四つ目屋は、目が四つ菱形に描かれた紋が目印だったらしい。四つ目結い(よつめゆい)と呼ばれる家紋だそうです。参考資料*1によれば、口絵の左のような紋らしい。45度回転した右のような紋だとする説もあるようです。
■この家紋は結構知られる家紋とのこと。佐々木高綱(たかつな)という平安時代の武将の家紋もこれらしい。佐々木高綱氏は源義経の部下です。木曾義仲と争った宇治川の戦いで、友軍の梶原景季(かげすえ)と先陣争いをした人ですね。梶原景季は磨墨(するすみ)、佐々木高綱は池月(いけづき、生食とも)と呼ばれる名馬にまたがっていたらしい。梶原景季が先行します。追いかける展開の佐々木高綱は、「梶原殿、腹帯が緩んでござる」と叫び、梶原が直しているあいだに追い抜いて2馬身差で先陣を切ったそうです。腹帯云々は嘘だったともいわれます。審議の対象かな。勝馬投票券は捨てないでください。
■池月と磨墨はともに頼朝が所有していた名馬だそうです。木曾義仲討伐軍を編成する際に景季がねだったのですが断られます。かわりに磨墨が与えられたらしい。その後に佐々木高綱に池月が与えられます。梶原景季にとってみれば、佐々木高綱に対しては複雑な感情を抱かざるをえませんね。ましてや騙されて先陣を逃したのですから、恨みは深いかも。
■なお、梶原景季は、梶原景時(かげとき)の嫡男だそうです。石橋山の合戦でとっさの裏切りを見せて源頼朝を助け、のちに源義経について讒言(ざんげん)を行なったともいわれる武将ですね。
■閑話休題。「誹風末摘花」には、四つ目屋についての次のような川柳が収載されているとのこと。
---「四角でも 四つ目は固い 紋でなし」
---「買ひにくい 薬行燈(あんどん)に 目が四つ」
---「かの薬 佐々木が紋は 何事ぞ」
---「くたびれた 夫婦のそばに 四つ目結(よつめゆい)」
---「夜軍(よいくさ)の 乱れ黒地に 四つ目結」
■これらの川柳をヒントに、四つ目屋が現在でいえばどんな商売をしていたのか。当ててください。複数回答も可です。
[い]ゲテモノ食品を売る店
[ろ]漢方薬店
[は]書店
[に]ラブホテル
[ほ]大人の玩具店
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:[ろ]と[ほ]
説明:「大辞泉」によれば、四つ目屋は本来は薬屋らしい。とくに「淫薬・淫具を専門に扱った」のだそうです。淫具とは、たとえば張形(はりがた)と呼ばれる擬似陰茎ですね。肥後随喜(ひごずいき)と呼ばれる性具も販売されていたとのこと*2。
■淫薬では長命丸と呼ばれる薬が有名らしい。丸薬かと思いきや「江戸時代の強精・催淫用の塗布剤」だそうです。やはり男性のほうに塗るんでしょうね。男性が水を飲むと効果が消えるそうです。「もう水を 飲みなと女房 堪能(たんのう)し」という川柳があるらしい。
■四つ目屋ではイモリの黒焼きも売っていたらしい。惚れ薬だそうです。効いたのかな。ホントに効くのなら多少高くても購入したい。
■では、「誹風末摘花」の作品を少し説明しましょう。
---「四角でも 四つ目は固い 紋でなし」
 武将佐々木高綱氏の家紋ですし、角張った意匠ですから固い印象があります。でも、実際にはたいへん柔らかい場面に使われる紋ですね。
---「買ひにくい 薬行燈(あんどん)に 目が四つ」
 四つ目屋では店先に四つ目結の紋のついた行燈が掲げてあったようです。いまでも大人の玩具屋に入るのはちょっと勇気がいります。当時の男性も人目を気にしたのでしょう。さぁ入ろうとすると行燈にも2人分の人目があるわけですね。
---「かの薬 佐々木が紋は 何事ぞ」
 講談などで知られた勇猛な武将佐々木高綱氏と柔らかいことに使う薬の対照の妙ですね。
---「くたびれた 夫婦のそばに 四つ目結(よつめゆい)」
 薬の包装紙などに四つ目結が使われたらしい。ご利用になったご夫婦の布団の近辺に包装紙、あるいは袋が散らかっている図なのでしょうか。
---「夜軍(よいくさ)の 乱れ黒地に 四つ目結」
 前の句に似ています。夜の戦争は組んずほぐれつの肉弾戦です。男らしく勇敢に戦えたのも、長命丸のおかげなのかな。
◆参考*1:書籍「川柳末摘花詳釈(上巻)」岡田甫著、有光書房
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞泉
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞林
◇*2HP「【含性的表現】サトイモの茎はズイキとして使われてきたものなの?」
http://blog.q-q.jp/200908/article_26.html

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
四ツ目屋というのは、二軒あったそうで、讃岐丸亀の外様大名の京極家も同じ四ツ目紋の家紋であったために、登城のさいに張形屋と同じ家紋だとからかわれるのに怒って抗議をしたら、片方は、すぐに家紋を換えたけど、片方が、尾張徳川の贔屓があったために、かえって京極家のほうが負けて、そのまま片方の四ツ目屋はおなじ家紋を使ってよいことになり、後に京都や大阪にも進出したそうです。
ねこのひげ
2009/10/16 18:17
思い出したので・・・・
当時、「四ツ目屋の、近所にうまい幾世餅、せがれに土産、カカアへ土産」という童歌が流行ったそうです。
四ツ目屋の近所に幾世餅といううまい餅を売っていたので、餅を買いにいくといいながら、四ツ目屋で買い物をしたのを子供達が、からかって歌ったそうです。
どの時代にもクレヨンしんちゃんはいたようですね。(^_^;)
ねこのひげ
2009/10/16 18:37
コメントをありがとうございます。

面白いわらべ歌ですね。
唄っている子供たちも
長命丸のおかげで生まれたのかな。

こちらも思い出したので…
「幾世餅」というのは
両国に2軒あったと聞きます。
どちらも江戸で一番と宣伝していたそうです。
商標権をめぐる訴えが出され、
裁いたのが大岡越前だとか。
同じ町で2つの店が江戸一を
吹聴するのはよくない。
それぞれ両国を去り、
葛飾新宿と内藤新宿に別れ
江戸一を宣伝して商売せよ。
当時の一等地両国で商売が出来なくなるのでは
大変なので、
和解したというのですが。

なお、片方の店では、
ホントに美人が餅を焼いていたそうです。
その美人さんが吉原の花魁出身だったか
どうかは知りませんけど。
落語の「幾代餅」誕生の
きっかけになったのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2009/10/17 08:06

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