いちばん著名な写真家キャパの命日。映画「裏窓」のモデルだったの?

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★歴史★
問題:昭和29年(1954年)の今日、5月25日。第一次インドシナ戦争のさなかに戦場カメラマン、ロバート・キャパが亡くなりました。ベトナムのハノイに近いタイビンという場所で地雷に触れたようです。満40歳の働きざかりだったらしい。
■ロバート・キャパは、おそらくあらゆる写真家の中でいちばん著名な人物でしょう。職場は戦闘現場やその周辺です。肉体も精神もぎりぎりに追い詰められるはずですね。量産される不幸に囲まれつつ、自分は職分をまっとうしなければならない。いろいろの葛藤もあったと思われます。おなじ職業では、婦人科のほうがはるかに安全であり、楽しく、考えずに済み、金が儲かる仕事なのかな。世渡りとしてはそういう選択もあるのでしょうが、なぜかキャパ氏はあえて苦しい状況に身を置いたようです。
■スペインの内戦で撮影された「崩れ落ちる兵士」は、おそらくあらゆる写真の中でいちばん著名な作品でしょう。最高の報道写真といわれています。兵士が頭を撃たれて倒れる瞬間を前方至近距離から撮影しているそうです。キャパ氏は敵に背を向けていることになります。怖いでしょうね。兵士を倒した弾丸はキャパ氏の頭上を通ったらしい。
■あまりにも決定的瞬間をとらえているので、一時は「あの兵士はすべってころんだだけ」とか、「演技させたもの」などという否定的な噂が立ちました。やっかみがあったのかもしれません。1990年代に調査がおこなわれ、被写体がフェデリコ・ボレル・ガルシアという兵士であり、写真は誤解に基づくものでもツクリでもヤラセでもないことが判明したらしい*2。日本の某新聞社の記念碑的報道写真、サンゴイタズラ書き写真とは決定的に違うわけですね。
■本日は、偉大な写真家の55回目の命日にちなみ、ロバート・キャパにかんする雑学クイズです。次のうちで正しい記述はどれでしょうか? 
[い]キャパの死には、日本の雑誌社も関係している
[ろ]ヒッチコックの名作「裏窓」はキャパがモデルとされている
[は]「失業は幸せだ」といつも言っていた
[に]名作「ちょっとピンぼけ」は、ノルマンディ上陸作戦の際、死の恐怖で震えていたことから生まれた題名である
[ほ]息子コーネル・キャパもまた報道写真家であり、現在もマグナムに所属している
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]と[は]、[に]が正しい
説明:[い]キャパの死には、日本の雑誌社も関係している(?)
■キャパ氏は、亡くなる1ヶ月前、写真雑誌「カメラ毎日」の創刊記念に日本に呼ばれているそうです。東京で「ライフ」誌から発注を受け、ベトナムに渡ったらしい。もし、キャパ氏が来日していなかったら…と考えることもできます。
□でも、どっちにせよ「ライフ」誌はキャパに発注していたかもしれません。日本に寄らずに直接ベトナムに行っただけかもしれませんね。第一次インドシナ戦争では助かっても、戦場カメラマンはいつも死と隣り合わせです。天寿をまっとうできたかどうかはわかりません。
[ろ]ヒッチコックの名作「裏窓」はキャパがモデルとされている(○)
■映画「裏窓」は、足の骨折の治療中でクルマ椅子生活を送るカメラマンが主人公です。退屈しのぎに写真を撮っているうちに、向かいの建物で殺人事件発生を疑わせる不自然な出来事が起こっているのに気づきます。映画では、主人公はジェームズ・スチュワート、恋人役をグレース・ケリーが演じていましたね。
□実生活上では、ロバート・キャパはイングリッド・バーグマンと恋仲だったらしい。このカップルにヒントを得た小説が書かれ、それをヒッチコックが映画化したようです*3。
□なお、20世紀を代表した美女、イングリッド・バーグマンとグレース・ケリーは、ふたりとも昭和57年(1982年)に亡くなったとのこと。
[は]「失業は幸せだ」といつも言っていた(○)
■戦場カメラマンです。全世界が平和になれば失業してしまいます。でも、21世紀に入っても戦場カメラマンの職は確保されているらしい。大戦と呼ばれる大規模な戦争はなくなったものの、イラク、アフガニスタン、スーダン、ウクライナ、チェチェンなど、紛争や内戦はあちこちで起こっているようです。欧州やアメリカなど平和と思われる国々でもテロリストが活躍し、血や死体は絶えることがなく、戦場カメラマンは不幸にして失業せず、殉職する人もときどき出ています。
[に]名作「ちょっとピンぼけ」は、ノルマンディ上陸作戦の際、死の恐怖で震えていたことから生まれた題名である(○)
■昭和19年(1944年)のノルマンディ上陸作戦では、ロバート・キャパは作戦の取材中に恐怖のあまり手が震えて、使用していたカメラのフィルム交換もうまくできなかったという話があります。
□ノルマンディ上陸作戦の戦闘のさなかで、キャパは100枚以上の写真を撮影しましたが、まともな写真として残っているのは10分の1ほどしかないらしい。現像の過程での失敗で、多くが台無しになったようです。残された写真もピンボケだったので、「ちょっとピンぼけ」というタイトルが生まれたという意味のことを参考資料*1は言っています。
□デジタルカメラで育った世代には信じられないでしょうけれど、昔は手ブレ、ピンぼけ、露出の過不足、フイルムの入れ忘れ、現像ミスなどの失敗が、プロでもしばしばあったようです。だからこそ、確実な仕事をする写真屋さんが技能者として尊敬されたわけですね。
[ほ]息子コーネル・キャパもまた報道写真家であり、現在もマグナムに所属している(×)
■正しくは、「弟であるコーネル・キャパもまた…」だそうです。また、コーネル・キャパ氏は平成20年(2008年)5月23日に亡くなっているとのこと*4。
□マグナムというのは、ロバート・キャパやアンリ・ブレッソンなどが設立した国際写真家集団だそうです。団員はあまり多くないようですが、日本人でもマグナムに所属していた人がいるらしい。
□弟さんもキャパと名乗っていますが、このふたりの本名は別にあるらしい。ロバート・キャパは、フリードマン・エンドレ・エルネー。弟さんは、フリードマン・コルネルというそうです。ふたの出身地ハンガリーでは、日本とおなじで「姓→名」の順に並べるらしい。イギリスやアメリカのように「名→姓」ではないとのこと。
□余談です。キャパは、戦時中、ある船に乗っているときに、いつもより厚遇されていると感じたらしい。そのうちに、映画監督のフランク・キャプラと間違われているのに気づいたそうです。キャプラは、「或る夜の出来事」、「スミス都へ行く」、「素晴らしき哉、人生!」などで知られる名匠ですね。たしか、キャパ氏の随筆「ちょっとピンぼけ」に書いてあったと記憶します。
◆参考*1:HP「ロバート・キャパ - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%91
◇*2HP「崩れ落ちる兵士 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%A9%E3%82%8C%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%82%8B%E5%85%B5%E5%A3%AB
◇*3HP「I. バーグマンの恋(10/26)」
http://www.pluto.dti.ne.jp/~ohto/sunday/sun97/sun971029-3.html
◇*4HP「コーネル・キャパ - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%91

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