9歳にしてクラーク・ゲーブルやグレタ・ガルボよりも稼いだ史上最強の子役はだれ?

画像
★歴史★ 訂正あり 末尾を参照のこと
問題:昭和3(1928)年の今日、4月23日。20世紀前半のアメリカでいちばん活躍し、いちばん儲けた女性が生まれました。女性の名前はシャーリー・テンプル。どこかで聞いたことが響きかもしれません。いまでも子供服銘柄の名前やカクテルの名前として人々の口の端にのぼっているようです。
■20世紀後半生まれの素町人はほとんど知りませんが、前半生まれの人に聞くと、日本でもかなり有名だったそうです。いわゆる名画は残していません。でも、可愛らしい容姿と演技で当時は爆発的な人気を得たらしい。とくに1930年代後半、太平洋戦争の直前はすごかったようです。
■シャーリー・テンプルは、20代で結婚して映画界を寿退職しています。子育ての時期のあとでは、外交官として活躍しました。ガーナ大使とチェコスロバキア(当時)大使を務めたそうです。親善大使ではなく、本物の大使とのこと。日本だと外交官試験に受からないと大使や公使にはなれそうもありません。たとえば三船敏郎(みふね としろう)氏の知名度がどんなに高くても、大使に任命されることはないのでしょうね。アメリカは外交官の資格については我が国より少し柔軟らしい。シャーリー・テンプルの世界的な知名度の高さを利用しない手はないという計算もあるようです。もっとも、女優から大使に転身した例は、シャーリー・テンプルだけのようですけど。
■シャーリー・テンプルは、現在80歳を過ぎていますが健在だそうです。では、史上最強の子役の81回目の誕生日を祝いつつ、シャーリー・テンプルについての雑学クイズです。次のうち正しい記述はどれでしょうか? 
[い]ハリウッドの「映画会社のために稼いだ女優」の年間1位に4年連続でなっており、この記録は平成21(2009)年現在でも破られていない
[ろ]9歳のときに、当時の大スター、クラーク・ゲーブルやグレタ・ガルボ、フレッド・アステアの10倍以上の収入があった
[は]メンソレータムのキャラクターである看護婦の格好をした少女は、シャーリー・テンプルがモデルである
[に]「ティファニーで朝食を」、「冷血」などの作品で知られるアメリカの作家トルーマン・カポーティは、子役だったシャーリー・テンプルの性的魅力について語り、告訴されたことがある
[ほ]1930年代、全盛期に「赤とんぼ」などの童謡を日本語で歌ってレコードに吹き込んでいる
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]と[ろ]が正しい
説明:
[い]ハリウッドの「映画会社のために稼いだ女優」の年間1位に4年連続でなっており、この記録は平成21(2009)年現在でも破られていない(○)
■「映画会社のために稼いだ女優」は少しもっちゃりした表現ですね。「映画会社を儲けさせた女優」のほうがよかったかな。たいして変わらないか。普通は「マネー・メイキング・スター」と呼ぶらしい。
□昭和10(1935)年~昭和13(1938)年の4年間は、彼女がいちばん映画会社を儲けさせたらしい。4回マネー・メイキング・スターの年間首位に輝いたのは彼女だけだそうです。男優では、1940年代にビング・クロスビーが5回獲得しており、史上最高の記録とのこと。女優に限れば彼女が一番らしい。
□シャーリー・テンプルは昭和8(1933)年にフォックス・フィルムと7年契約を結んでいます。フォックス社は現在の20世紀フォックス社の前身らしい。この間に彼女によってもたらされた利益は3000万ドル以上だそうです。現在の貨幣価値に換算するには30~50倍を掛けるらしい。9億ドル~15億ドルということになります。1ドル=100円で計算すると900億~1500億円ぐらいでしょうか。
[ろ]9歳のときに、当時の大スター、クラーク・ゲーブルやグレタ・ガルボ、フレッド・アステアの10倍以上の収入があった(○)
■昭和12(1937)年、9歳になった年、シャーリー・テンプルが映画会社から受け取った報酬は30万7014ドルだったとのこと。クラーク・ゲーブル(代表作「風とともに去りぬ」など)は27万2000ドル。グレタ・ガルボ(同「ニノチカ」など)は27万ドル。フレッド・アステア(同「トップ・ハット」など)が26万6837ドル。スペンサー・トレーシー(同「招かれざる客」など)が21万2000ドル。ジンジャー・ロジャース(同「トップ・ハット」など)が20万8000ドルだったらしい。
□これだけでは、単に首位だったに過ぎないのですが、シャーリー・テンプルには副業がありました。彼女の姿に似せたシャーリー・テンプル人形のライセンス料などで、1年間に450万ドルの収入があったとのこと。他の名優たちは、映画会社からの収入が総収入の大部分を占めているのに対し、9歳の少女スターは副業のおかげで1年で500万ドル近い所得があったらしい。例によって現在の日本の金額に換算すると、150億円~250億円ぐらいの所得でしょうか。税金もかなりとられたのでしょうね。
[は]メンソレータムのキャラクターである看護婦の格好をした少女は、シャーリー・テンプルがモデルである(×)
■Wikipediaによれば、メンソレータムの箱などに描かれている少女看護婦の絵は、シャーリー・テンプルのスチール写真を参考に描かれているとのこと。シャーリー・テンプルが赤十字活動に協力すべく出演した広報用短編映画での写真とありました(090726現在)。
□このお話は間違っているというご指摘のコメントがありました。ご提供いただいた情報を調べてみますと、どうもメンソレータムの看護婦姿の少女は、シャーリー・テンプル嬢が生まれる前からあるデザインのようです。しかも、デザインはまるで変わっていないように見えます。現在の日本で販売されているメンソレータムの図柄とモデルはおなじに見えます。「メンソレータムのキャラクターはシャーリー・テンプル」説はきわめて信憑性が低そうです。指摘をいただくまでは「○」としていましたが、「×」に変更させていただきました(090726)。
□話はかわります。Wikipediaによれば、日本の不二家では「フランス・キャラメル」という製品をかつて作っていたらしい。この包装の絵は、シャリー・テンプルのブロマイドを参考にしたものだったそうです。
□フランス・キャラメルは、フランスを印象づけたいのにアメリカ人が描かれるというトンチンカンな話になっています。ようするに西洋の匂いを漂わせたかったので、国籍は問わないのでしょう。昔のキャバクラには、「アルバイト・サロン」という種類の店がありました。アルバイトはドイツ語でサロンはフランス語だそうです。出てくる女の子は日本人で支那服を着ていたりする。国際連合みたいな場だと、十代目桂文治師が落語の枕で笑っていました。少し似た話かな。
[に]「ティファニーで朝食を」、「冷血」などの作品で知られるアメリカの作家トルーマン・カポーティは、子役だったシャーリー・テンプルの性的魅力について語り、告訴されたことがある(×)
■正しくは、「…イギリスの作家グレアム・グリーンは、…」だそうです。グレアム・グリーンは、「第三の男」や「おとなしいアメリカ人」などで知られる小説家であり、編集者であり、かつ映画批評もやっていたらしい。昭和12(1937)年、「ナイト・アンド・デイ」という雑誌の編集にたずさわっていたグレアム・グリーン氏は、映画「テンプルの軍使」について、「9歳のシャーリー・テンプルに中年の男性たちは欲情を感じている」という趣旨の記事を書いたそうです。
□映画会社から告訴され、グリーン氏は敗訴したらしい。現代で考えればおかしな話ですね。グリーン氏の指摘が事実でないと証明するのはかなりむずかしいでしょう。アメリカ人の偽善があらわれているお話なのかもしれません。
[ほ]1930年代、全盛期に「赤とんぼ」などの童謡を日本語で歌ってレコードに吹き込んでいる(×)
■正しくは、「…『♪夕焼け小焼け』などの童謡を…」だそうです。他に「♪靴が鳴る」、「♪玩具のマーチ」、「♪すずめの学校」も含め、4曲を歌ったらしい。昭和11(1936)年、8歳のときだったようです。ポリドールレコードから日本限定で発売されたとのこと。
【追伸・訂正】
選択肢[は]の「メンソレータムのキャラクターである看護婦の格好をした少女は、シャーリー・テンプルがモデルである」は最初は「○」としていましたが、090726以降は「×」とさせていただきます。コメントでご指摘いただいたとおり、シャーリー・テンプルがモデルである可能性はきわめて低いと思われます。読者諸兄諸姉には誤った情報を提供したことを深くお詫びいたします。

◆参考*1:HP「シャーリー・テンプル Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AB

ぬけられます→歴史雑学クイズ一覧

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント

ママレンジ
2009年05月21日 20:36
>[は]メンソレータムのキャラクターである看護婦の格好をした少女は、シャーリー・テンプルがモデルである

都市伝説ですね。なにしろシャーリー・テンプルは美少女の代名詞でしたから「モデルはテンプルちゃんに違いない」と。

シャーリー・テンプル-1928年4月23日生

↓メンソレータムの少女看護婦(リトルナース)の登場-1917年
ttp://www.angelescrestpublications.com/mentholatum/samples/book/CD/Nursetins.html
ttp://www.angelescrestpublications.com/mentholatum/samples/book/CD/litttlenurse81.html
ママレンジ様<素町人
2009年07月26日 15:28
コメントをありがとうございます。
お返事が遅くなり申しわけありません。

 ご指摘によれば、メンソレータムの缶や外箱の絵柄はシャーリー・テンプルではないとのこと。
 お知らせいただいたURLを開いてみました。
 たしかに、シャーリー・テンプル誕生前から現在にいたるまで、よく似たデザインが使われています。素人が見るところ、おそらくモデルは変わっていないと思われます。
 若干の違いがあるとすれば、現在、日本で売られているもの製品の図柄は左向きのものが多いようです。古いメンソレータムの少女看護婦は右向きのものも多いようですね。

 ママレンジさんのご指摘は正しいものと思われますので、クイズに【追伸】を付すことにしました。
 読者諸兄諸姉には、誤った情報を流したことをお詫びいたします。

 ご指摘に感謝します。ありがとうございました。
 m(_ _)m

この記事へのトラックバック