「ミラノ人アッリゴ・ベイレ」と墓碑銘に刻ませた作家は誰なの?

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★歴史★
問題:シーザーの有名な言葉に、「来た、見た、勝った」というのがあると聞きます。紀元前47年、共和制ローマ軍を率い、ファルナケス2世率いるポントス王国軍を撃ち破ります。この吉報をローマにいるガイウス・マティウスという人物に知らせた言葉だそうです*1。
■21世紀の大阪には、「来た!、見た!、買うた!」というキャッチフレーズで名前を売っている家電販売店「喜多商店」があるそうです*2。なかなかおもろいもじりですね。
■歴史上名高いある人物の墓碑銘には、「ミラノ人アッリゴ・ベイレ 生きた、書いた、愛した」と記されているそうです。こちらはもじりというよりは、ちょっとパクリ気味かな。ではこの墓碑銘を残した人物、アッリゴ・ベイレ氏は次の誰でしょうか?
[い]アルフォンス・アレー
[ろ]エウジェーニオ・モンターレ
[は]ヴィクトル・ユーゴー
[に]ダンテ
[ほ]スタンダール
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]スタンダール
説明:「赤と黒」、「パルムの僧院」、「恋愛論」などで知られるスタンダールです。スタンダールは筆名です。ドイツの小都市シュテンダル(Stendal)の名前に由来するらしい*1。シュテンダルはドイツ北東部、ザクセン・アンハルト州の都市だそうです。統一前は東ドイツ領でした。平成12(2000)年の調べで人口は4万人足らず。スタンダール氏がなぜこの小さな都市に興味をもったのかはわかりませんでした。
■スタンダールの戸籍上の名前は、マリ・アンリ・ベール(Marie Henri Beyle)というそうです。墓碑銘のアッリゴ・ベイレというのは、イタリア風に呼んでみたのかもしれません。戸籍謄本によれば、天明3(1783)年1月23日にフランスのグルノーブルで生まれたらしい。グルノーブルは昭和43(1968)年に、「♪白い恋人たち」で知られる冬季五輪が開かれた都市です。プロレスのアンドレ・ザ・ジャイアントもグルノーブルの出身とのこと。
■スタンダールの父親は弁護士であり、母親も名家の出身だそうです。フランス革命前後の騒がしい雰囲気の中、経済上の苦労なく成長したスタンダール少年は、数学が得意だったらしい。新設された理工科学校に入学するべく16歳のときにパリに向かいます。でも、なぜか入学手続きをせずに親戚の家に引き取られます。一説には、理工科学校への入学はパリ行き、もしくは家を出る口実だったともいわれます。当人はモリエールのような劇作家になることを夢見ていたという話もあります。
■親戚のコネで陸軍の経理担当として雇われると、ナポレオンのイタリア遠征に従軍します。いちおう軍人ではありましたが、算数の才能で採用された文弱少年スタンダール君は、馬術も剣術も苦手で、もっぱら女性と音楽、劇場に関心を抱いていたらしい。
■10代の終わりにいったん軍を退役しています。輸入問屋に勤務しますが、文化3(1806)年の大陸封鎖令で商売がむずかしくなり、親戚のコネで軍隊に戻ります。今度は出世していったらしい。でも、1815年にナポレオンが没落すると、スタンダール氏の運勢も傾き、おちぶれたとのこと。
■30代にさしかかっていたスタンダール氏は、フリージャーナリストになります。現代では、かなり怪しい商売として知られていますが、当時はどうだったのでしょうか。スタンダール氏が、「恋愛論」や「赤と黒」を書きあげたのは、このフリージャーナリストの時代だったようです。結果としては零落は吉と出たのかな。
■天保元(1830)年の7月革命後は、自由主義者スタンダール氏に再び陽があたったようです。ローマ教皇領チヴィタヴェッキア駐在フランス領事に任じられています。めちゃくちゃ暢気な話なのですが、天保7(1836)年から3年間の休暇をとっているそうです*1。その間に「パルムの僧院」を執筆したとのこと。
■天保13(1842)年の早春、パリの路上で倒れそのまま亡くなったらしい。脳出血だったようです。このときも領事職についたまま休暇でパリにいたそうです。「イタリア年代記」という作品の続編についての契約金を受け取った直後に発作が起こったらしい。いままでにもらった最高額の契約金といわれます。喜んだあまり、血圧の異常な上昇があったのかもしれません。
■墓碑銘は遺言によるものらしい。墓碑銘の1件のみならず、スタンダールはイタリアにかぶれていたようです。母国フランスは比較対象としてボロクソにいわれます。「イタリア人は音楽が好きだから劇場に行く。フランス人は自分の趣味の良さ・鑑識眼の高さをひけらかしに劇場に行く」。「フランスでは、恋愛よりも虚栄心・機知のほうが大切だ」。そんな意味の言葉が残されているらしい。
■イタリアかぶれの理由は素人にはよくわかりません。参考資料*3に詳しく説明されていました。なお、代表作「赤と黒」は、「赤=軍人」、「黒=僧侶」という図式だと説明されることが多いようです。これは誤りです。私見によれば、ミラノを根拠地とする人気サッカーチームACミランのシンボルカラーからつけられた題名に間違いありません。違うか。
■フランスで教育を受け、フランスで働き、フランスの公務員として楽をさせてもらい、フランスの出版社から多くの印税収入を渡されながら、フランスよりはるかにイタリアを愛していたスタンダール氏は、ちょっぴり恩知らずではあります。忘恩の作家は、今日3月23日が167回目の祥月命日だそうです。
◆参考*1:HP「スタンダール Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%AB
◇*2HP「来た! 見た! 買うた! 喜多商店!」
http://www.kitashoten.co.jp/
◇*3HP「スタンダールにおけるイタリア性について」
http://web.kanazawa-u.ac.jp/~kasuya/Italianitej.html

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