自分の脳の重さを計れと遺言して亡くなった首相は誰なの?

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★歴史★
問題:麻生太郎(あそう たろう)氏は第92代の総理大臣だそうです。92代目ですが、吉田茂(よしだ しげる)のように何度も首相をつとめた人物もいます。首相経験者としては59人目らしい。
■60人近くいれば、知らない人物もたくさんいます。本日は一般にはよく知られていないけど興味深い首相経験者のお話です。この人は明治時代に総理大臣をつとめました。医学や生物学に興味を持っていました。癌腫(ガンシュ)研究会会長もつとめていたそうです。
■20世紀の初頭というのは黄禍論(オウカロン)の全盛期だったようです。白人たちは日本人や中国人などの黄色人種が白人文明に脅威を与えると心配していたらしい。同時に、黄色人種は生物学的に白人に劣るという理屈をさまざまな角度から構築しては喜んでいました。
■20世紀初頭に首相を経験したこの人は、医学的に日本人が白人に劣るのか知りたいと思ったのかもしれません。晩年、鎌倉で療養中にも、夫人と医師たちを相手に日本人と西洋人の頭脳の優劣を論じていたそうです。そして、自分の遺体を解剖してくれ。脳みその重さを計ってくれと遺言して亡くなったとのこと。ちなみに伊藤博文氏も同様の意志を持っていたらしい。ただし異国の地で突然の死であったために、実現はしませんでした。
■では、日本で安らかに亡くなり、死後に自分の脳みその重さを計らせたこの人は次のだれでしょうか?
[い]松方正義(まつかた まさよし)
[ろ]大隈重信(おおくま しげのぶ)
[は]桂太郎(かつら たろう)
[に]西園寺公望(さいおんじ きんもち)
[ほ]山本権兵衛(やまもと ごんべえ)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]桂太郎
説明:桂太郎氏は、日露戦争のときの総理大臣です。59人の首相経験者の中でいちばん長く首相として働いた人でもあります。2886日です。佐藤栄作氏が長期政権ということでよくとりあげられます。佐藤氏は連続した在任期間では2798日で1位だそうです。
■桂太郎氏は1913年10月10日に亡くなっています。満65歳と9ヶ月余りの人生でした。14日になって、未亡人は、故人の生前の希望どおり遺体を解剖してほしいと申し出たそうです。親戚や医師たちが協議し、実行することになりました。
■15日の未明に桂邸で解剖が実施されたそうです。執刀者は医学博士長与又郎(ながよ またろう)という人らしい。東京帝国大学病理学教室の助手たちが補佐し、関係者立会いのもとに約2時間ほど行なわれたそうです。
■頭蓋骨が開かれます。死因となった脳血栓が調べられました。左側大脳の大部分が貧血性軟化を起こしていたそうです。腹部に移ります。4月ごろに硬性癌腫というできものができていたことがわかりました。胆嚢炎(たんのうえん)も見つかりました。
■ご本人が気にしていた脳の重量は1600gだったそうです。当時の日本人の成年男子の平均が1356gだったらしい。桂太郎氏の脳みそは少し重めだったようです。西洋人でいえば、哲学者のカントとほぼおなじ重さであり、ナポレオン三世よりも300g重かったらしい。ドイツの鉄血宰相ビスマルク氏の脳みそは1800gあり、桂太郎氏を200gしのいでいたようです。
■余談です。おおまかにみれば、猿から人間へと進化する過程で脳みその重量が増えているのは事実らしい。でも、脳みその重さよりも、大切なのはいかに学習しているかという点のようです。大事なのは脳みその神経細胞の量ではないらしい。神経細胞が相互にどのぐらい複雑に結ばれているか。シナプスと呼ばれる接合部位がどのぐらいたくさんあるかという点のほうが問題かもしれません。お勉強している人は、接合部位が多いらしい。
■思い出しました。昔は脳みそのシワの数が大切だと聞かされました。いつのまにかシワ重要説は消えてしまったような気がします。シナプス重要説も、しばらくすると消えるのかな。
◆参考*1:HP「桂太郎 Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%82%E5%A4%AA%E9%83%8E
◇*2書籍「日本史こぼれ話 近世・近代 続々編」新書初版167~168頁、笠原一男/児玉幸多編、ISBN4-634-59320-3、山川出版社

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