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zoom RSS 裸の大将山下清は兵役が恐くて放浪していたの?

<<   作成日時 : 2009/03/10 06:31   >>

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★歴史★
問題:大正11(1922)年の今日、3月10日。放浪の画家として知られる山下清(やました きよし)、本名大橋清治(おおはし せいじ?)が東京市浅草区にうまれました。現在の台東区日本堤のあたりだそうです。
■山下清が生まれた翌年の9月1日に関東大震災がありました。一家は火事で家を失い、職も失ってしまい、新潟に移り住んだようです。生活は楽でなかったらしい。そんな中で3歳になった山下清は、ひどい消化不良にかかり、3ヶ月ほど寝込んだといわれます。その後にどもりが始まったとのこと。
■言語障害によるものなのか、軽度の知的障害も負う事になった山下清は、東京に戻り、浅草の石浜小学校に入学したらしい。成績はあまりかんばしくなく、しばしばサボってもいたらしい。
■その後、父親が亡くなり、母親は生活のために再婚し、また離婚。悲しいできごとが続いたようです。杉並の小学校に転入した山下清は、いじめが原因なのでしょうか、刃物をもってパニック状態になったことがあるらしい。心配した母親により、昭和9(1934)年に八幡学園という千葉県にある養護施設に入所させられたとのこと。
■八幡学園でちぎり絵と出会った山下清は、徐々に才能を開花させていったようです。独自の技法も開発し、安住の地を見つけたかに見えました。満16歳のとき、昭和14(1939)年1月には大阪の朝日記念会館ホールで展覧会が開かれ、多くの人々から高い評価を得たようです。
■でも、昭和15(1940)年の11月18日。18歳の山下清は、突然八幡学園から姿を消します。「学園にあきた」と日記に書かれているようです。その後の14年ほどは日本中を旅して歩く放浪の日々でした。旅先で見た風景を貼り絵にした作品が残されています。
■放浪の旅は18歳から32歳のころまで続きました。その後も創作活動を続け、昭和31(1956)年には東京大丸で山下清展が開かれます。全国巡回展は130回開かれ、観客は500万人を超えたとのこと。昭和36(1961)年には、理解者である精神医式場隆三郎(しきば りゅうざぶろう)とともに40日間の欧州旅行に出かけ、各地の名所を絵に残しているそうです。
■1960年代にはいってからは、「東海道五十三次」の制作を志して東京から京都までのスケッチ旅行をしています。5年の歳月をかけ、55枚の作品を残しているとのこと。このころには、山下清の放浪記が舞台化されているようです。のちに芦屋雁之助(あしや がんのすけ)や塚地武雅(つかじ むが)らによってドラマ化されるお話の原型だったのかもしれません。
■昭和46(1971)年7月12日。脳出血のために急逝しました。まだ49歳でした。
■本日は、裸の大将として親しまれた天真爛漫な芸術家の87回目の誕生日を記念し、山下清に関する雑学クイズです。次のうち正しい記述はどれでしょうか?
[い]ドラマに描かれたように放浪中はいつもリュックを背負っていたので、東京に戻ってリュックを背負わない生活になると物足りない感じがした
[ろ]放浪中に兵役検査を受け、失格している
[は]勝負事が嫌いで、トランプなどはわざと負けるようなところがあった
[に]弟子入り志願があったが、いっさい弟子をとらなかった
[ほ]放浪中の旅先では絵を描かなかった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]と[ほ]が正しい
説明:[い]ドラマに描かれたように放浪中はいつもリュックを背負っていたので、東京に戻ってリュックを背負わない生活になると物足りない感じがした(×)
■正しくは、「リュックを背負っていた期間は短かった」だそうです。ドラマでは、リュックが定番の小道具になっているそうです。でも、最初に脱走したときには、ミカン箱に荷物を入れて歩いていたらしい。昔のミカン箱ですから木箱です。持ちにくかったでしょうね。脇に抱えたのかな。
□その後、風呂敷に荷物をまとめるようになり、最後の2年間だけリュックを使ったとのこと。
[ろ]放浪中に兵役検査を受け、失格している(×)
■正しくは、「兵役検査を免れたと思って実家にもどったら無理やり兵役検査を受けさせられたが、失格した」だそうです。山下清は兵役検査が恐ろしかったらしい。甲種合格になったらいじめられ、さんざん殴られると思っていたようです。そのあげく戦地に送られて戦死してしまう。これは誰でも恐いですね。
□ふつうは20歳になったら徴兵検査を受けます。昭和18(1943)年、21歳になったころ、もう兵役は免れたと思い、いったん新宿に住んでいた母のもとに帰ったらしい。3年半ぶりの帰宅だったようです。母親は容赦なく山下清を検査場に連れて行ったようです。幸い、結果は丁種不合格というものだったとのこと。徴兵は免除され、山下清は自由の身になり、再び放浪の旅に出かけたそうです。
[は]勝負事が嫌いで、トランプなどはわざと負けるようなところがあった(×)
■山下清は、負けず嫌いだったようです。相手が子供でも手を抜かず、トランプなどをするときは、自分が勝つまでやめなかったらしい。
□家族の人の話によれば、いたずらが大好きだったそうです。また、ドラマ中の身なりにかまわない人の印象が強いのでちょっと意外ですが、服装にも気をつかっていたとのこと*3。
[に]弟子入り志願があったが、いっさい弟子をとらなかった(○)
■美術大学の学生などが弟子入りを志願して来たようですが、すべて断っていたとのこと。マイペースの人なので、人に教えるということを極端にきらっていたそうです*3。
[ほ]放浪中の旅先では絵を描かなかった(○)
■山下清は、自分がみた景色について強い記憶力を持っていたようです。美しい風景を見たらそれを脳裏に焼きつけ、八幡学園や実家に戻ってから作品に仕上げたとのこと。天才なんでしょうね。旅先で自分で撮った写真を見ても、「これはどこだっけ」と首をひねることの多い凡人からすると、うらやましいような能力です。
◆参考*1:HP「山下清 Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E6%B8%85
◇*2HP「山下清の放浪」
http://www.yamashita-kiyoshi.gr.jp/aboutus.htm
◇*3HP「家族が語る山下清」
http://www.namiki-shobo.co.jp/order10/tachiyomi/nonfict016.htm

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