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zoom RSS 高齢化社会を予見した狂歌が400年前にあったの?

<<   作成日時 : 2009/01/20 06:48   >>

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★日本語★
問題:狂歌は、「日常卑近の事を題材に、俗語を用い、しゃれや風刺をきかせた、こっけいな短歌」だそうです。人を笑わせようとするサービス精神にあふれた韻文です。
■本日は、江戸時代の狂歌、とくに年齢にまつわる狂歌をとりあげ、虫食い問題を作りました。○○の部分に入る言葉を考え、頭の柔軟体操をしましょう。
[い]「生きすぎて 七十五年 ○○つぶす 限り知られぬ 天地(あめつち)の恩」 (漢字1文字と送り仮名1文字 動詞)
[ろ]「今までは 他人が死ぬとは 思ひしが ○が死ぬとは こいつぁたまらん」 (漢字1文字 人称代名詞)
[は]「おうぢうば ひうばひおうぢ ○○○○○ しなずに居ては 何をくわせん」 (平仮名5文字 副詞)
[に]「この海老の ○のなりまで 生きにけり 食も控へず 独り寝もせず」 (漢字1文字 身体の部分を示す名詞)
[ほ]「死にとうて 死ぬにはあらねど 御年には 御○○なしと 人の言ふらん」 (漢字2文字 形容動詞の語幹部分)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:各項目を参照してください
説明:[い]「生きすぎて 七十五年 ○○つぶす 限り知られぬ 天地(あめつち)の恩」 (漢字1文字と送り仮名1文字 動詞) の○○には食いが入る
■「生きすぎて 七十五年 食いつぶす 限り知られぬ 天地の恩」は、蜀山人(しょくさんじん)の作品です。蜀山人こと大田南畝(おおたなんぽ)は、幕臣ですが狂歌師、戯作者としてもよく知られています。
□寛延2(1749)年に生まれ、文政6(1823)年に亡くなっています。数えでは75歳だったのでしょう。ひょっとしたら亡くなった年に詠まれた狂歌なのかもしれません。
[ろ]「今までは 他人が死ぬとは 思ひしが ○が死ぬとは こいつぁたまらん」 (漢字1文字 人称代名詞) の○にはが入る
■「今までは 他人が死ぬと 思ひしが 俺が死ぬとは こいつぁたまらん」も蜀山人の作品です。若いときには「死ぬのはみんな他人だ」くらいに思っているものです。でも自分の死を意識したとたんに、「えっ、うそ、やばいじゃん!」とうろたえるわけですね。率直で飾り気のない表現が心に刺さります。
[は]「おうぢうば ひうばひおうぢ ○○○○○ しなずに居ては 何をくわせん」 (平仮名5文字 副詞) の○○○○○にはことごとくが入る
■「おうぢうば ひうばひおうぢ ことごとく しなずに居ては 何をくわせん」は、雄長老(ゆうちょうろう)という狂歌師・学者の狂歌です。雄長老は安土桃山時代に活躍した人だそうです。近世狂歌の祖といわれているらしい。江戸時代が始まるころ、慶長7(1602)年に亡くなっています。
□「おうぢ」、「うば」、「ひうば」、「ひおうぢ」は辞書に掲載されておらず、意味が不明です。でも、血縁のお年寄りという意味であることは間違いないでしょう。みんなが長命なのはめでたいことだけれど、養うのは大変だというほどの意味らしい。
□400年以上も前、平均寿命が50年ぐらいのときに、高齢化社会の問題を取り上げています。先見の明があるのでしょうか。それとも単なるまぐれかな。
[に]「この海老の ○のなりまで 生きにけり 食も控へず 独り寝もせず」 (漢字1文字 身体の部分を示す名詞) の○にはが入る
■「この海老の 腰のなりまで 生きにけり 食も控へず 独り寝もせず」は、小川喜内(おがわ きない)という人の作品です。小川喜内について調べてみましたが、ネット上ではよくわかりませんでした。残念。
□食べたいだけ食べ、したいだけあれをして、節制はしなかった。けれど、海老のように腰が曲がるまで長生きをしてしまったという意味らしい。
□海老は腰が曲がっているためか、高齢者たとえによく使われます。腰が曲がるまで生きるところから、縁起がよいともされていますね。正月にはつきものの食品です。
□髭(ひげ)が生えていることも特徴のひとつです。「海老は 幼少にして 髭長く」という言葉をどこかで聴いたことがあります。
[ほ]「死にとうて 死ぬにはあらねど 御年には 御○○なしと 人の言ふらん」 (漢字2文字 形容動詞の語幹部分) の○○には不足が入る
■「死にとうて 死ぬにはあらねど 御年には 御不足なしと 人の言ふらん」は手柄岡持(てがらのおかもち)という人の作品です。朋誠堂喜三二(ほうせいどう きさんじ)とも呼ばれます。戯作者、狂歌師の人らしい。
□この歌は辞世の歌らしい。享保20年(1735)に生まれて文化10(1813)年に亡くなっています。数えでは79歳かな。いまなら男性の79歳は平均ですが、江戸時代にはとてもご長寿なほうでしょう。年に不足はないと人に言われるのももっともなようです。
◆参考*1:書籍「江戸狂歌125選」長生馬齢(ながいき ばれい?)著、ISBN978-4-7500-0308-5、愛育社(発売)
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞泉
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞林

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