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zoom RSS 「女賢しう(さかしう) して六文を ただ遣ひ(づかい)」。この女は誰のこと?

<<   作成日時 : 2008/12/02 06:54   >>

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★日本語★
問題:江戸時代の川柳には歴史上の人物をからかったものがけっこうあります。「義経は 八艘飛んで べかこをし」。身の軽い義経は、壇ノ浦の海戦で八艘(はっそう)飛びをしたと言われます。「べかこ」は「あっかんべー」のことです。辞書によれば、「指先で下まぶたを引き下げ、目の内側の赤い部分を示すしぐさ」とのこと。
■「朽木(くちき)から 出るとしこたま 小便し」。こちらは、義経の兄の頼朝(よりとも)です。治承4(1180)年九月、平家を倒すべく挙兵したものの石橋山の合戦で大庭景親(おおばかげちか)に敗れ、洞窟に隠れたとか朽木の洞(うろ)に隠れたという話があります。捜索隊のメンバー梶原景時(かじわらかげとき)に見つかります。どう取り引きしたのか景時は景親を裏切ります。九死に一生を得た頼朝は、2ヶ月後には富士川の戦いで平維盛(たいらのこれもり)を破り、源氏優勢の流れを決定づけます。
■捜索隊がウロウロしていては、小便はおろかクシャミもできません。出てきたときには、さぞやたまっていただろうなという思いやりにあふれた川柳ですね。
■本日は、16世紀後半、戦国時代の末期に活躍した人物に関する川柳のクイズです。次の川柳はそれぞれ誰をからかったものでしょうか?
[い]「人を茶に して山門へ 高あがり」
[ろ]「女賢しう(さかしう) して六文を ただ遣ひ(つかい)」 
[は]「猿は暮れ 虎は日の出の 御開運」
[に]「おおあづき 団扇(うちわ)へあへる 川の中」
[ほ]「長篠で 竹田の仕掛け 糸が切れ」
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:各項目を参照してください
説明:[い]「人を茶に して山門へ 高あがり」の句に詠まれているのは千利休(せんのりきゅう)である
■「茶にする」とは、「ばかにする。ひやかす。軽くみる」という意味らしい。「高あがり」は、「高い位置に上がった」ぐらいの意味でしょうか。「思い上がる」とか、「上座につく」という意味もあるようです。
□茶道界の超大物千利休(せんのりきゅう)は、京都大徳寺の山門の上に自分の木像を置いたと言われます。主人格である秀吉もその下を通ります。秀吉を自分より下に見ている。そんな言いがかりをつけられ、切腹を命じられたそうです。天正19(1591)年のことらしい。
□真相ははっきりしません。娘を差し出すことを求められたという説もあります。断ったから切腹。その他にもいろいろ説があるようです*2。
[ろ]「女賢しう(さかしう) して六文を ただ遣ひ」の句に詠まれているのは淀君(よどぎみ)である
■「女賢しうして牛売り損なう」という諺があるそうです。「利口ぶる女は、大局を見ずに目先の小さなことにとらわれて、失敗しやすいということ」と解説されています。
□淀君は、ご存知のとおり秀吉の側室であり、秀頼(ひでより)の母親です。秀吉なきあと、秀頼を補佐して豊臣家を守ろうと努めました。時代の流れには逆らえず、大阪冬の陣、夏の陣で豊臣家は滅亡しました。
□「六文をただ遣ひ」は、どんな意味でしょうか。無駄遣いをしてしまったということかな。六文銭は夏の陣で討ち死にした真田幸村(さなだゆきむら)の旗印です。豊臣方随一の勇将であり、知将です。その真田を有効に使えなかった淀君を非難する句のようです。
[は]「猿は暮れ 虎は日の出の 御開運」の句に詠まれているのは徳川家康(とくがわいえやす)である
■この場合の猿は秀吉、虎は家康を表しているようです。猿は「申(さる)」の刻、つまり夕方の4時ごろも表します。虎は「寅(とら)」の刻です。こちらは午前4時ごろを表します。日の出前ですね。時刻の呼び方にかけて、豊臣家と徳川家の盛衰を詠んだ句のようです。
[に]「おおあづき 団扇へあへる 川の中」の句に詠まれているのは上杉謙信(うえすぎけんしん)と武田信玄(たけだしんげん)である
■川中島の合戦は、前後5回ほどあったらしい*3。最大の激戦は永禄4(1561)年にあったと聞きます。桶狭間の戦いの翌年ですね。謙信と信玄が接近遭遇し、謙信は馬上から刀で切りつけます。信玄は軍配団扇(ぐんばいうちわ)で受け止めたとのこと。謙信の刀は、小豆長光(あずきながみつ)と呼ばれる名刀だったそうです。江戸時代の人は、芝居や講談などで、一騎打ちの話をよく知っていたようです。
[ほ]「長篠で 竹田の仕掛け 糸が切れ」の句に詠まれているのは武田勝頼(かつより)である
■長篠の戦は、天正3(1575)年に織田・徳川連合軍と武田勝頼が衝突した戦さです。織田・徳川軍は鉄砲を上手に利用し、武田の騎馬軍団を壊滅させました*4。
□「竹田の仕掛け」は、「竹田縫之助(たけだぬいのすけ)」のカラクリ人形のことらしい。竹田縫之助は江戸時代初期の有名なカラクリ人形師です。寛文2(1662)年に、竹田からくり芝居を創業したとのこと。カラクリ人形を使った人形劇なのでしょうか。明治初年まで230年も続いたそうです。
□落語の「蝦蟆(がま)の油」の中にも、口上として「…大坂おもてには竹田縫之助、近江の大椽藤原朝臣(だいじょうふじわらのあそん)…」と人形職人の名前を連ねる箇所があります。
□川柳のほうは、「竹田」と「武田」をかけた単純な洒落のようです。
◆参考*1:書籍「川柳和漢人物史」山本成之助著、牧野出版
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞泉
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞林
◇*2HP「千利休の命日。切腹の際には奪還を恐れた秀吉軍が聚楽第を包囲したの?」
http://blog.q-q.jp/200804/article_23.html
◇*3HP「長野市の近くで上杉謙信と武田信玄があいまみえた回数は何回? 」
http://blog.q-q.jp/200607/article_15.html
◇*4HP「長篠の戦いで、織田・徳川連合軍はわざと低い位置に陣を張った? 」
http://blog.q-q.jp/200701/article_80.html

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