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help リーダーに追加 RSS 仕立屋銀次が逮捕された日。不当逮捕だったってホント?

<<   作成日時 : 2008/06/23 06:42   >>

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★歴史★
問題:明治42(1909)年の今日、6月23日。スリの親分として名高い仕立屋銀次(したてやぎんじ)が捕まっています。翌日の新聞には「掏摸(スリ)親分検挙」という見出しが躍ったらしい。
●本名は富田銀次郎(とみたぎんじろう、「富田銀次」説もあり*3)というらしい*1。もともとは日本橋旅篭町(はたごちょう)の仕立屋の奉公人だそうです。大丸呉服店の下請けでなかなか繁盛店だったようです。銀次は腕がよく、年季のあけた21歳のときに御徒町(おかちまち)に店を持ったとのこと。
●このころから遊びを覚えはじめたらしい。賭場に通うようになります。そこで知り合ったスリに手口を教えられたらしい。指先は器用です。手っ取り早く金も欲しい。とうとうスリの仲間入りをしたようです。天与の才能をいかし、だんだん腕をあげていきます。
●そのころ、「根岸の親分」と呼ばれたスリのボスがいました。スリで頭角をあらわした銀次は、根岸の親分の妾腹の娘、清水くにと深い仲になります。やがて同棲。銀次28歳、くに20歳のときらしい*2。根岸の親分が亡くなると、銀次が跡目を相続したそうです。
●では、スリとしては日本でいちばん有名な人物の逮捕を記念し、銀次にまつわる雑学クイズです。次のうちで正しい記述はどれでしょうか?
[い]銀次の逮捕には武装した3個小隊の軍隊が参加した
[ろ]逮捕の理由は警察に協力しなかったから。現代でいえば不当逮捕の疑いが濃い
[は]逮捕されたとき、銀次は借金のほうが多かった
[に]銀次は逮捕後に更生し、残りの半生を社会福祉に捧げた
[ほ]仕立屋銀次にまつわる回文がいくつかある
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]、[ほ]が正しい
説明:●[い]銀次の逮捕には武装した3個小隊の軍隊が参加した(×)
正しくは、「銀次の逮捕には変装した2個小隊の外勤警察官が参加した」だそうです。赤坂署の警察官だったらしい。上野は西郷さんの銅像前に終結し、印半纏(しるしばんてん)で変装し、日暮里村金杉(にっぽりむらかなすぎ)の銀次宅を包囲し、署長自ら先頭に立って踏み込んだとのこと*2。
○ちなみに印半纏とは、職人が好んで着る上着だそうです。小隊は、辞書によれば30〜80人とあります。軍隊では平時と戦時では編成が違うのかな。警察の2個小隊はどうでしょうか。100人以下なのかな。
●[ろ]逮捕の理由は警察に協力しなかったから。現代でいえば不当逮捕の疑いが濃い(○)
江戸時代、岡っ引き・十手持ちは裏社会に通じた者だったそうです。ご当人もたたけばホコリの出る者がほとんど。そうした者でなければ情報は集らず、治安は守れなかったようです。その伝統は明治に入っても続いたらしい。スリの大親分は、ときどき警察に協力しています。
○あるとき、著名人が上野駅で時計をすられます。届けを受けた下谷署の関係者が銀次に相談します。銀次は時計を30個も並べたらしい。その中から被害者の物が見つかり、署長も被害者もたいへん喜んだとのこと。
○銀次逮捕のきっかけは「金時計事件」と呼ばれる事件だそうです。元新潟県知事の男性が市電の中で金時計を紛失します。伊藤博文から贈られた大切な記念の品とのこと。元知事は、下谷署の話を聞いていたらしく、「スリの親分に頼めば返してくれると聞く。頼んでみてくれ」と被害届に百円札を添えて赤坂署に提出したらしい。
○赤坂署の署長は、当時1500人ほどいた東京のスリに君臨する二大巨頭、仕立屋銀次と「湯島の吉」に出頭を求めます。署長さんは、元知事に恩を売り、当時の最高権力者伊藤博文にゴマをするつもりだったのかもしれません。
○仕立屋銀次は出頭しなかったらしい。出世の機会と面目を失いそうになった署長さんは怒り、部下を率いて日暮里村の逮捕劇となったようです。
○考えてみると乱暴な話です。スリですから現行犯逮捕以外はむずかしいはずです。元知事の金時計がすられるところを目撃した人はいないでしょう。すられた証拠はない。実際、落としたのかもしれないわけです。どうやって銀次の逮捕状をとったのでしょうか。現代ならおそらく不当逮捕と言われるでしょう*1。
●[は]逮捕されたとき、銀次は借金のほうが多かった(×)
正しくは「5万円の資産があった」だそうです。明治42(1909)年の物価は白米10kgの価格で比べると現在の5000分の1ぐらいらしい*5。当時の5万円はいまの2億5000万円ぐらいの価値でしょうか。家賃収入もあり、安定した暮らしだったようです。
●[に]銀次は逮捕後に更生し、残りの半生を社会福祉に捧げた(×)
正しくは、「銀次は死の数年前まで犯罪者として渡世していた」だそうです。赤坂署に逮捕されたのが48歳のとき。懲役10年の判決を受けたらしい。その後も足を洗うことなく、昭和5(1930)年4月24日、新宿三越で反物を万引して捕まったそうです。67歳とのこと。これが最後の犯罪だったらしい。もう動く物を目標とする元気はなく、万引きで糊口をしのいでいた。老ライオンが食べ残しの死肉をあさっているようで哀れをもよおします。
●[ほ]仕立屋銀次にまつわる回文がいくつかある(○)
銀次について調べていたら、変なHPに出くわしました。参考資料*4です。次のような銀次に関する回文が出ていました。
「仕立屋は 仁義礼智信 質入れ 銀次 早手出し」
(したてやは じんぎれいちしん しちいれ ぎんじ はやてだし)
この変化形で次のようなのもあります。
「二回獄か 仁義礼智信 質入れ 銀次 覚悟如何に」
(にかいごくか じんぎれいちしん しちいれ ぎんじ かくごいかに)
ちなみに、銀次のカミサン「くに」の実母は質屋を経営していたとのこと。なんか面白いですね。
◆参考*1:HP「怪しい話U−219:仕立屋銀次」
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/itimuan/maru/old13/aya219.html
◇*2HP「羽二重団子・6代目庄五郎・第3回だんご寄席,上根岸町近傍図(其の二)」
http://www.habutae.jp/event/event_3.html
◇*3HP「仕立屋銀次」
http://www.eonet.ne.jp/~uradora/japan/ginji.html
◇*4HP「回文・怪文・快文日記」
http://www.hpmix.com/home/dama34/D6_19.htm
◇*5HP「いまならいくら?(明治、大正、昭和の消費者物価)」
http://chigasakioows.cool.ne.jp/ima-ikura.shtml
◇HP「金無垢懐中時計/エアロ/55771J801-10450-318BLAA/通販」(口絵の参考にさせて頂きました)
http://www.syohbido.co.jp/aero-watch/55771J801-10450-318BLAA.htm

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