マルチン・ルターが宗教改革のため戦った日。ところで、17歳の年の差結婚をしたってホント?

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★歴史★
問題:西暦1521年の今日、4月16日。旧暦では大永(だいえい)元年です。かのマルチン・ルター氏は神聖ローマ帝国皇帝カール5世臨席の帝国会議に出席します。その晴れ舞台で、ローマ教皇の贖宥状(しょくゆうじょう)販売を批判したそうです。
●贖宥状とは「ローマ・カトリック教会が、罪の償いが免除されるとして発行した証書」のことだそうです。昔は免罪符と呼ばれていました。Wikipediaの「贖宥状」の項には次のように書かれています。「…贖宥状が『罪のゆるし』を与えるのではなく、『ゆるしを得た後に課せられる罪の償いを軽減する』ものであるため、『免罪符』という訳語は適当ではない…」。門外漢には理解不能です。でも、贖宥状の販売が怪しい商売であることだけはなんとなくわかります。
●日本には「御血脈(おけちみゃく)の御印(ごいん)」という免罪符のようなものがあったと聞きます。ある程度のお金を払うと、御印を額に押し頂かせてもらえます。ありがたい御印のおかげで、この世で犯した罪悪が消え、極楽に行けるという仕組みだそうです。
●御血脈の御印により、地獄は閑古鳥が鳴きます。慌てた閻魔大王は地獄の住人石川五右衛門に、御印を盗ませようとします。五右衛門は信濃の善光寺に忍び込み、御印を手に入れますが、つい押し頂いたため、彼もまた極楽に行ってしまう…というのが、落語「御血脈」のオチだったと思いますが*4。この制度も、宗教改革の対象とすべきなのかな。
●悪徳商法が派手におこなわれ、宗教法人の幹部だけがうるおう腐敗構造があったようです。ルター氏は、これを憤り、宗教改革へと向かったらしい。約500年前の今日も、宗教改革への道を確実に進んでいたようです。
●では、マルチン・ルター氏の勇気を称え、彼にまつわる雑学クイズです。次のうちで正しい記述はどれでしょうか?
[い]母親がものすごい教育ママで、上昇志向を植え付けられ、やたらと勉強させられた
[ろ]大学生のとき、狼の群れに襲われる。死を予感したルターは「聖アンナ、助けて下さい、修道士になりますから!」と叫び、助かったので両親の反対を無視して修道院に入ってしまった
[は]聖職者として初めて堂々と妻を娶り、プロテスタント教会における新しい伝統を作った
[に]国会で贖宥状批判をした1521年に、ルターはローマ教皇から破門された
[ほ]反ユダヤ主義のパンフレットを書いているので、後年ナチスに利用された
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]と[に]、[ほ]が正しい
説明:●[い]母親がものすごい教育ママで、上昇志向を植え付けられ、やたらと勉強させられた(×)
正しくは「父親が…」だそうです。鉱山業に従事していた父親は元は農夫だったらしい。上昇志向が強く、子供たちにも強く要求していたそうです。気の毒なマルチン・ルターは、教育パパにやたらと笞を入れられたらしい。
●[ろ]大学生のとき、狼の群れに襲われる。死を予感したルターは「聖アンナ、助けて下さい、修道士になりますから!」と叫び、助かったので両親の反対を無視して修道院に入ってしまった(×)
正しくは「大学生のとき、激しい雷雨にあった。落雷の恐怖に死を予感した…」だそうです。雷雨にあったら、まず木や建物から離れて地べたに寝転がるといいでしょう。濡れて汚れるけど、死ぬよりはマシです。金属を身につけていても落雷の可能性はあまり高くならないとも聞きますね。マルチン・ルターが落雷回避のノウハウを身につけていたら、宗教改革はなかったのでしょうか。
●[は]聖職者として初めて堂々と妻を娶り、プロテスタント教会における新しい伝統を作った(○)
カトリック教会の聖職者は福音的独身と呼ばれるとのこと。ようするにチョンガーの生活を送るのが伝統だったそうです。でも、ルターは42歳のときに、25歳のカタリーナ・フォン・ボラという元修道女と結婚します。17歳の年の差結婚かな。3男3女をもうけたそうです。
○日本では親鸞(しんらん)もカミサンを持ったとか聞きますね。もっとも親鸞の場合は、「配流される罪人には妻帯させる」という習慣・制度に従っただけという話もあります。承元(しょうげん)元(1207)年に越後国府(えちごこくふ、現新潟県)に流されているようです*3。
●[に]国会で贖宥状批判をした1521年に、ルターはローマ教皇から破門された(○)
ルターは国会の証人喚問で自説の撤回を求められたそうです。「聖書に書かれていないことを認めるわけにはいかない。私はここに立っている。それ以上のことはできない。神よ、助けたまえ」と述べたらしい。議院証言法による偽証罪で告訴されたという記録はなさそうです。
○この年、回勅「デチェト・ロマヌム・ポンティフィチェム(ローマ教皇として)」によってルターの破門が正式に通告されたとのこと。つまり破門の回状がまわされたのかな。
●[ほ]反ユダヤ主義のパンフレットを書いているので、後年ナチスに悪用された(○)
マルチン・ルターはもともとは、ローマ・カトリックの反ユダヤ主義に抗議していたそうです。でもユダヤ人がキリスト教に改宗しないことに失望し、天文12(1543)年に反ユダヤ主義のパンフレットを書いたとのこと。これがナチスに利用されたようです。
◆参考*1:HP「マルティン・ルター – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC
◇*2HP「贖宥状 – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B4%96%E5%AE%A5%E7%8A%B6
◇*3HP「親鸞 – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%AA%E9%B8%9E#.E6.B5.81.E7.BD.AA.E3.80.81.E5.B8.AB.E3.81.A8.E3.81.AE.E5.88.A5.E3.82.8C
◇*4CD「桂文治3『蛙茶番/御血脈』」10代目桂文治、SICL60、ソニーレコード
◇HP「図解プロテスタント教会史」(口絵の参考にさせて頂きました)
http://www.hi-ho.ne.jp/luke852/history.html

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