浅草十二階が開場した日。展望台から初日の出を拝もうと客が殺到したの?

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★歴史★
問題:明治23(1890)年の今日、11月13日は、凌雲閣(りょううんかく)、俗に言う浅草十二階(あさくさじゅうにかい)が開場した日です。文字どおり12階まである建物です。当時としては超高層ビルでしょう。東京市中を一望のもとに眺められるというのでたいへん評判をとりました。
●ではこの浅草十二階についての雑学クイズです。次のうちで正しい記述はどれでしょうか?
[い]浅草十二階は、日本人建築家が設計した建物だった
[ろ]総煉瓦造りで、鉄筋コンクリートなどは使われていなかった
[は]料金は大人8銭、軍人は半額だったが休憩料や望遠鏡の使用料などは別にとられた
[に] 8階までのエレベータが話題をさらったが、故障が多く、警視庁から使用禁止を言い渡された
[ほ]関東大震災で途中から折れ、最後は工兵隊により爆破された
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]と[に]、[ほ]が正しい
説明:●[い]浅草十二階は、日本人建築家が設計した建物だった(×)
正しくは、「…ウイリアム・バルトンという御雇い英国人が設計した…」だそうです。バルトン氏は東京帝大の教員で、東京市の上下水道計画にも関わった人物だそうです。明治23年です。まだ日本人建築家は育っていなかったのかな。
●[ろ]総煉瓦造りで、鉄筋コンクリートなどは使われていなかった(×)
正しくは「10階までは煉瓦造り、11階と12階は木造だった」だそうです。10階までは八角形で各階とも32坪(100平方m)という狭いものだったらしい。それでも名店街があったりしたそうです。屋台を並べるぐらいしかできそうもありませんけど。
○高さは約66mです。1階あたり5m以上です。天井の高い建物ですね。10階まではガッシリした造りです。でも、木造部分は身体が揺れるようで恐ろしかったそうです。
●[は]料金は大人8銭、軍人は半額だったが休憩料や望遠鏡の使用料などは別にとられた(○)
明治20年には白米10kgが46銭だったらしい。いま4600円と仮定すると物価は1万倍です。当時の8銭は今の800円ぐらいの感覚でしょうか。ボッタクリという感じはありません。
○ただし、明治20年には蕎麦1杯が1銭という記録もあります。これを300円とすれば、8銭は2400円。こちらで考えるとちょっと暴利かな。
○12階には約30倍の望遠鏡があって1銭だったそうです。白米での勘定なら100円、蕎麦での勘定なら300円の利用料ということになります。
●[に]8階までのエレベータが話題をさらったが、故障が多く、警視庁から使用禁止を言い渡された(○)
開場の翌年、明治24(1891)年に警視庁からダメだしをくらったらしい。客はみんな螺旋階段をあがっていったそうです。昔の人は現代人に比べれば足は丈夫です。でも、12階まで上がるのはたいへんだったでしょう。ちなみに、エレベータがまだ運行していた明治24年の正月には、初日の出を眺めたいという人などでごったがえし、3日間の入場者数が2万人を越えたそうです。
●[ほ]関東大震災で途中から折れ、最後は工兵隊により爆破された(○)
現在の建築基準法では建築許可がおりないような耐震強度だったようです。大正12(1923)年9月1日11時58分に関東大震災が発生します。たまたま遊びに来ていた人たちは災難ですね。残された建物は爆破され、33年足らずで姿を消したようです。
◆参考*1:書籍「日本史歳時記366日」初版692頁、小学館
◇HP「とんびと十二階」(口絵の参考にさせて頂きました)
http://www.12kai.com/12kai/tonbi.html

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