皇女和宮と結婚した第14代将軍家茂(いえもち)は甘党で虫歯だらけ?

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問題:●徳川14代将軍は家茂という人物です。ご存じの11代将軍家斉(いえなり)の孫です。父が早世したため、4歳で紀州和歌山藩の藩主となりました。井伊直弼などにかつがれて13歳で14代将軍になります。かみさん(正室)が孝明天皇の妹、皇女和宮(こうじょ・かずのみや)だそうです。
●家茂はとても賢かったらしい。勝海舟など幕臣からの信望があつかったと言われます。残念ながら慶応2(1866)年の夏に21歳という若さで亡くなります。
●昭和33(1958)年から1年半をかけて増上寺の徳川家墓所の調査が行なわれたそうです。そのとき、家茂の頭蓋骨も発見されたとのこと。専門家が調べたところ、かなりの虫歯持ちであることがわかりました。では、彼の虫歯はどのぐらいあったでしょうか。
[い]健常な歯は1本しかなかった
[ろ]健常な歯は3本しかなかった
[は]健常な歯は5本しかなかった
[に]健常な歯は7本しかなかった
[ほ]健常な歯は9本しかなかった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)


























正解:[い]健常な歯は1本しかなかった
説明:●彼はまだ21歳です。この若さで30本の虫歯があったらしい。1本の健常な歯があり、1本脱落した親知らずがあったそうです。
●彼の死因は脚気衝心(かっけしょうしん)と呼ばれる病気とのこと。ビタミンB1が不足し、脚気になります。この症状が進行して心臓や呼吸器系にまで機能不全がすすむことを脚気衝心と呼ぶらしい。現代なら総合ビタミン剤のポポンSとかアリナミンなどを服用するだけでたちまち全快しそうな病気です。
●脚気はともかく、虫歯の原因は糖分の取りすぎかもしれません。甘党で知られた人物らしい。死の床についたとき、見舞いの品々は、お菓子、懐中ぜんざい、五色砂糖、水菓子、羊羹、氷砂糖、紅白最中など、甘い物が多かったようです。カミサンの和宮からの「御慰品(おんなぐさめひん)も葛と砂糖だったそうです。ただし、これは彼が息を引き取ったあとで届いたらしい。
●将軍家茂氏だけではなく、江戸時代の江戸城では砂糖の消費量が多かったと言われます。文化文政の頃(1804~1830年頃)には江戸城で一日に白砂糖千斤(600kg)が消費されたという記録があるそうです。このころは11代将軍家斉の治世です。彼は53人もの子供をもうけました。その分、大奥にも人がたくさんいたようです。側室はもちろん、その世話係も多かったのかな。それにしても1日に600kgの砂糖を消費するというのは異常です。大奥に1000人の人がいたとしても、1人平均600g/日の消費量です。誰かがパクって帰っていたのかな。
●幕府の赤字はこのころ年間約50万両ほどとのこと。大奥の経費は20万両ぐらいだったと言われます。そのうちどのぐらいが砂糖代なのでしょうか。ともかく、納入業者はウハウハだったでしょうね。
◆参考*1:書籍「名将がいて愚者がいた」中村彰彦、講談社
◇HP「徳川家茂 – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E8%8C%82
◇HP「イベントなど」(口絵の参考にさせて頂きました)
http://www.kddilabs.jp/s-cross/event.html

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