17歳の東郷青児は流行画家竹久夢二のカミサンを奪ったの?

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問題:●東郷青児という画家をご存じでしょうか。二科会中興の祖として知られる人物です。洋菓子などの包装紙のデザインでも知られます。
●素人が目にする彼の作品は平和で穏健な色と形で構成されています。霧の中のような、夢の中のような、独特の幻想的な雰囲気があります。初めて見た絵でも、ああこれは東郷青児の作品かなと想像がつくかもしれません。
●作品から作者の性格を想像するのは意味のないことだという意見があります。たしかに東郷青児の場合は、まるで意味がないかもしれません。実際の彼は、多くの作品の持つ静かな雰囲気とは異なり、破天荒で激しい人だったようです。うらやましいほどに好き勝手に生きた人物のようです。
●では、東郷青児氏についての雑学クイズです。次のうち正しい記述はどれでしょうか?
[い]17歳のとき竹久夢二のカミサンと不倫をし、夢二にばれて裸で逃げ出したことがある
[ろ]心中未遂で新聞のトップを飾ったことがある
[は]女流作家の林芙美子とは5年ほど結婚していた
[に]67歳ごろに芸者を囲って子供を生ませている
[ほ]80歳で亡くなる直前まで女性代議士を愛人としていた
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)


























正解:[い]と[ろ]、[に]が正しい
説明:●東郷青児は明治30(1897)年に鹿児島に生まれ、昭和53(1978)年に亡くなっています。画家としての経歴も華々しいものですが、女性との交際歴もなかなか逸話に富んだもののようです。
●[い]17歳のとき竹久夢二のカミサンと不倫をし、夢二にばれて裸で逃げ出したことがある(○)
大正3(1914)年ごろのことです。東京・呉服橋に開かれた竹久夢二の絵双紙屋に出入りしていたようです。夢二の細君である岸たまきに気に入られ、夢二の絵の写しなどをしているうちに、そんな関係になってしまったらしい。夢二の知るところとなり、ある日、そんなことの最中に野球のバットを手に持った夢二が現われたらしい。東郷青児は裸のまま、裸足のまま、服を抱えて逃げ出したそうです。
●[ろ]心中未遂で新聞のトップを飾ったことがある(○)
昭和4(1929)年3月31日の朝日新聞の1面トップ記事の見出しは「洋画の奇才東郷青児氏、愛人と情死を企つ」というものだったそうです。このとき、彼には実質的な妻子がいましたが、第二の女性と正式に結婚しており、かつ第三の女性と心中を企てたようです。さぞや多忙だったでしょう。
●[は]女流作家の林芙美子とは5年ほど結婚していた(×)
正しくは「宇野千代とは5年ほど…」だそうです。心中事件の翌年、昭和5(1930)年の春ごろに酒場で宇野千代と出会い、結婚し、約5年間一緒に暮らしたらしい。
●[に]67歳ごろに芸者を囲って子供を生ませている(○)
昭和39(1964)年前後だろうと思われます。売れっ子の芸妓をひかせて別宅に住まわせていたらしい。子供ができますが、その認知でもめたらしい。
●[ほ]80歳で亡くなる直前まで女性代議士を愛人としていた(×)
正しくは「女性彫刻家を愛人としていた」だそうです。東郷蕩児と呼ぶほうが正しいのかな。死の直前まで、性の衰えを知らなかったとのこと。秘訣を教わりたかった。
◆参考*1:書籍「日本奇人・稀人事典」祖田浩一編、東京堂出版
◇HP「竹久夢二専門店ギャラリー港屋」(口絵の参考にさせて頂きました)
http://www.yumeji-minatoya.co.jp/history.htm

ぬけられます→歴史雑学クイズ一覧

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