【★15禁★】死後、死骸の局所をさらされた哀れな女性とはだれ?

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問題:●人間はなかなか残酷なものだなと思わせる刑罰の話です。刑死した後で、死骸の局所まで人前にさらされるという屈辱を与えられた女性は次の誰でしょうか?
[い]マリー・アントーワネット(ルイ16世の細君)
[ろ]テロアーニュ・ド・メリクール(フランス革命時の闘士)
[は]ジャンヌ・ダルク(百年戦争時の闘士)
[に]高橋お伝(明治初期の毒婦)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)


























正解:[は]と[に]
説明:[は]のジャンヌ・ダルクは、応永19年(1412)に生まれ、永享2年(1430)に刑死します。わずか19年の命でした。
●イギリスとフランスは、百年戦争(正慶6年(1337)~享徳2年(1453))のさなかです。彼女は神の声を聞いたとして男装してフランスの軍隊を率い、一時はイギリス軍を地域から追い払う活躍を見せます。ところが負傷して捕まり、フランス国王からも見捨てられ、イギリス軍に処刑されます。火刑ですね。炎の中から「ああイエス、イエス」という弱々しい声が聞こえたと言われています。
●息が絶えると、秘所をさらす恥辱を受けたあとで、骨まで砕かれてセーヌ川に投げ込まれたといいます。魔女だと思っていたのでしょうか。
●昨日の新聞記事に、「ジャンヌ・ダルク遺骨、実はエジプトのミイラ」というのがありました。肋骨の一部と推定される骨の欠片が見つかっていて、19世紀から「ジャンヌ・ダルクの遺骨」と言われてきたらしい。でも、検査してみたら紀元前3~6世紀のエジプトのミイラと判明しました。
●慶応3(1867)年に骨の入った小瓶が発見されたそうです。当時、「ジャンヌ・ダルク研究が盛んになり、神話化する目的のために何者かが偽造した」と推理されています。偽造だの捏造だのは世界中にあるようですね*5。
●[に]の高橋お伝は、嘉永元(1848)年に生まれ、明治12年(1879年)に刑死しています。彼女は強盗殺人で1人を殺しただけらしい。そのわりには希代の毒婦と言われています。彼女が毒婦なら、現代なんか毒婦の量産期ですね。
●大変な名器だったと言われ、死後、その部分だけがホルマリン漬けで保存されているという噂があります。ただし、実際に見た人の話は聞きません。六代目三遊亭圓窓師が落語「締め込み」の枕でその話をしていました*3。冗談かな。
●[ろ]のテロアーニュ・ド・メリクールはフランス革命の際の女性闘士だそうです。ジロンド党のシンパだったようですね。あるジロンド党幹部が下町のおかみさん連中に襲撃されかけたとき、守ろうとした彼女自身が捕まり、スカートをまくられて、お尻をいやというほど叩かれたそうです。「その屈辱の中で彼女の精神が瓦解し、1年後精神病院に入れられた」と言われています*2。
●彼女の経歴によれば、かつてロンドンで高級売春婦をしていたこともあるらしい。人前でお尻を叩かれたぐらいで気が狂うというのは、ちょっと線が細すぎる気もします。実話かどうかは疑わしいかもしれません。
◆参考*1:書籍「歴史毒本 英雄の素顔、大事件の裏側」山本茂著・光文社 ◇*2HP「フランス革命人物 た行」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~french/bio/te.html
◇*3CD「落語教養高座・江戸大百科17『締め込み』」六代目三遊亭円窓、KICH3117、キングレコード
◇*4HP「刑罰の一覧 – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%A6%E5%88%91
◇*5HP「ジャンヌ・ダルク遺骨、実はエジプトのミイラ|欧州|国際|Sankei WEB」
http://www.sankei.co.jp/kokusai/europe/070405/erp070405001.htm
◇HP「ジャンヌダルクが処刑された広場 : (フランス編) -- インターネット国際情報銀行」(口絵の参考にさせて頂きました)
http://www.iiib.com/FR/002/FR002003.html

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