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問題:江戸時代の大名行列は不思議な制度です。お殿様は1年おきに国と江戸を往復します。近所なら楽ですが、遠くだと大変です。駕籠に乗っている殿様はともかく、残りは、ほぼすべての行程を2本の足だけで踏破するわけです。健脚が要求されます。 ●お金もかかります。団体旅行なので多少の割引があるかもしれませんけど。ではここで問題です。加賀百万石と言われた加賀藩の参勤交代の費用はどのぐらいだったでしょうか? ちなみに金沢から江戸までは480kmほどの旅程です。11〜13泊ほどの日程だったそうです。文化5(1808)年の記録に残された数字を正解とします。 □[い]約500両(1両=10万円換算で5000万円) □[ろ]約1000両(同1億円) □[は]約5000両(同5億円) □[に]約1万両(同10億円) □[ほ]約5万両(同50億円) (答えはずっと下↓ スクロールして下さい) ●●●●●★● 正解:[は]約5000両(同5億円) 説明:●細かく言うと5540両だったそうです。 ●参勤交代は寛永12年(1635)の武家諸法度で定められた制度だそうです。享保6年(1721)の幕府の規定では、加賀藩のような20万石以上の大名は、騎馬武者15〜20騎、足軽120〜130人、中間・人足250〜300人ほどにせよとのことてす。最大でも450人前後となります。 ●ところがさすがに加賀藩です。行列の本体は450人ですが、行列の先約2kmの位置には露払いのように鉄砲・弓・長柄(ながえ)の3隊が進んでいたとのこと。本体の後方には家臣の従者など行列外のものが従っていたらしい。その結果、享和2(1802)年に前田斉広(なりなが)が初入国した際には、3500人にものぼったそうです。 ●加賀藩の行列は、上りで言うと、金沢を出発し、越中富山方向に出て北国下街道を通り、信濃追分から中山道を通り、江戸に着いたそうです。その総費用は、文化5(1808)年の記録によれば、5540両とのこと。計算を簡単にするために11泊と考えると、1泊あたり500両(1両=10万円換算で5000万円)。1人あたり1万数千円ですから、今の旅とあまり変わりません。ただし、連中は運賃はほぼゼロかもしれません。宿泊費と食費と雑費だけにしてはちょっと高いな。 ●参勤交代以上に、殿様の江戸での暮らしに金がかかったとのこと。この制度のおかげで、支配階級である武士は困窮し、庶民はうるおいました。徳川幕府の賢いところですね。謀反を企む経済的な余裕は奪われてしまいました。 ◆参考*1:書籍「データが語る日本の歴史」歴史教育者協議会編、ほるぷ出版 ぬけられます→歴史雑学クイズ一覧 もっと知りたい データが語る日本の歴史
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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金沢藩の大名列は、 |
みく 2007/08/03 15:53 |
コメントをありがとうございます。 |
みく様<素町人 2007/08/03 15:57 |
お答ありがとうございます!! |
みく 2007/08/06 22:21 |
コメントをありがとうございます。 |
みく様<素町人 2007/08/07 09:16 |
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hpじょお 2011/09/01 22:19 | |
これ、小六の、あたしでも、使える!‼ |
ちー 2011/09/01 22:21 |
やっぱいいよ!! |
ちー 2011/09/01 22:23 |
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