明治の人は「電信」のことを「針金だより」と呼んだの?

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問題:明治のはじめ、日本に電信の技術が伝わりました。東京横浜間などに電信線が引かれます。では、当時の人々は電信のことをなんと呼んだでしょうか? (複数回答可)
□[い]トントン通信
□[ろ]伝信
□[は]テレガラフ
□[に]針金だより
□[ほ]エレキ飛脚
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)


























正解:[ろ]と[は]、[に]が正しい
説明:[い]「トントン通信」はまったくの作り話です(×)
●[ろ]伝信(○)
「伝信」は電信の仕事を管掌する役所の名前にも使われていたようです。最初は「伝信局」と呼ばれています。明治5(1872)年に「電信局」と漢字が変わり、以来電信という言葉が定着していくそうです。
●[は]テレガラフ(○)
「テレガラフ」は、幕末から明治初年に欧米に滞在した人たちによって使われた言葉です。福田作太郎という人が書いた「英国探索」という文久3(1863)年に出版された本では、「テレカラーフ」と呼ばれていたとのこと。
○難破して救助されてアメリカに渡り、キリスト教に改宗してアメリカ国籍を取得し、帰国後は新聞社を起業して「日本の新聞の父」と呼ばれたジョセフ彦という人物がいます。ジョセフ彦は文久3(1863)年に「漂流記」という本を出しています。ここでは「テレガラフ」と書かれていたそうです。
○明治4(1871)年ごろに流行した「しょんがいな」という俗謡(流行歌)には「テレグラフ」と歌われていたらしい。表記の揺らぎがあるようです。
●[に]針金だより(○)
明治5(1872)年から流行した「開化大津絵節」という流行歌には、「針金だより」と歌われたそうです。
「おひおひに開け行く開化の御代のおさまり、
郵便はがきでことたりる、『針金だより』や陸蒸気(汽車)…」*1
この「針金だより」という言葉がいちばんわかりやすいし滑稽味も感じます。口語英語でも電報を「wire」と言うらしいし。福田作太郎氏やジョセフ彦氏は「開化大津絵節」の作者ほどの言語感覚がなかったようですね。
●[ほ]エレキ飛脚(×)
これは作り話です。ただし、Yahoo!などの検索で調べてみると、「電子メール」を「エレキ飛脚」と言い換えているHPがいくつか散見されました。いい趣味だと感心してしまいました。
◆参考*1:HP「http://ueno.cool.ne.jp/caelum/photo/photo41-50/45.htm」(開化大津絵節)
http://ueno.cool.ne.jp/caelum/photo/photo41-50/45.htm
◇HP「トントンツーで知られるモールス信号の開発者は貴族だった?」
http://blog.q-q.jp/200609/article_22.html

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