狼の歴史です。戦国時代には町中を徘徊して人の死体を食べていたの?

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問題:日本で絶滅した生き物といえば、トキという鳥類や大和撫子という植物、益荒男(ますらお)という哺乳類などが挙げられます。もっと有名なのか狼でしょうか。
●では狼の歴史に関する問題です。次のうち正しい記述はどれでしょうか?
□[い]関西では「オオカメ(大亀)」と呼んでいたこともある
□[ろ]戦国時代には町中を徘徊して人の死骸を食べていた
□[は]ウサギや鹿、猪などの害獣を補食するので神の使いと考えられていた
□[に]昭和の初期まで生きていた
□[ほ]狼絶滅の一因に家犬の伝染病がある
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)


























正解:[い]と[ろ]、[は]、[ほ]が正しい
説明:●[い]関西では「オオカメ(大亀)」と呼んでいたこともある(○)
現在の宇治市東勧修寺はかつて山城の国の大亀谷と呼ばれていたそうです。日本書紀には、この山中で狼同士が争うのを仲裁に入った人が、その果報により立身出世して富裕になるという話があるとのこと。「大亀谷」は現代の言葉で言えば「狼谷」ではないかと参考資料は推測しています。
○上方落語の「七度狐」に喜六清八が交わす会話として大略次のようなやりとりがあります。「頭に尾のついた亀が出るわ」。「おかめ?」。「ちがう。『お』を伸ばすのじゃ」。「おーかめ。えっおおかめ? ワシおおかみ嫌いじゃ」。「誰かて嫌いじゃ」。関西の方には、「おおかめ」と「狼」は近いものなのかな。
●[ろ]戦国時代には町中を徘徊して人の死骸を食べていた(○)
室町時代の「大乗院寺社雑事記」という本には、奈良のような市外でも狼が徘徊しているという記述があるそうです。京都の戦乱でも死者の肉を食う狼がいたとのこと。
●[は]ウサギや鹿、猪などの害獣を補食するので神の使いと考えられていた(○)
武蔵の御嶽神社などでは、神の使いとして守り札にその姿が記されているそうです。御嶽神社というのは、東京都の西の端っこの方にあるあの神社でしょうかね。
●[に]昭和の初期まで生きていた(×)
公式記録の上では明治38(1905)年に絶滅したそうです。日露戦争の翌年ですね。
●[ほ]狼絶滅の一因に家犬の伝染病がある(○)
江戸時代、平和な世の中になって餌としての人肉はなくなりました。銃器や罠、毒餌などが発達しました。耕地が開拓されウサギや鹿などが減ってきました。悪い条件が重なっているところに、開国で犬の伝染病が外国から入り込んだそうです。狼にも伝染したと言われ、絶滅の一因とされているようです。
◆参考:書籍「日本史の中の動物事典」初版22~23頁、金子浩昌・小西正泰・佐々木清光・千葉徳爾著、東京堂出版
◇CD「特選!米朝落語全集21『七度狐』」3代目桂米朝、TOCZ5085、東芝EMI

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