嫉妬に狂う女の妄念。千年前、夫の愛人を2回も襲った高級女性官僚とは?

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問題:以前にも1回クイズに登場した後妻打(うわなりうち、前妻が後妻を襲うこと)のお話しです。後妻打は、前妻や正妻が人数を集めて後妻や愛人宅に押しかけ、財物を打ち壊す行為です。動機はもちろん嫉妬です。
●平安時代の中期に生きた蔵命婦(くらのみょうぶ)という女性は夫の愛人を生涯のうちに2度も襲ったことで有名だそうです。他のご婦人方は1回で済ませたようですね。では、蔵命婦に関する次の記述のうち、正しいのはどれでしょうか?
□[い]菅原道真を追放した藤原時平(ときひら、しへい)に目を掛けられ、高い地位についた
□[ろ]蔵命婦の娘は百人一首にも収載された有名な歌人である
□[は]旦那も歌人。彼が40歳代で得た愛人に対して後妻打ちをした
□[に]源氏物語のモデルにもなった後妻打であった
□[ほ]2回とも公式な捜査がなされたが、蔵命婦や旦那にとくにお咎めはなかった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)


























正解:[ろ]と[に]、[ほ]が正しい
説明:●[い]菅原道真を追放した藤原時平に目を掛けられ、高い地位についた(×)
正しくは「藤原道長に目を掛けられ」です。道長の5男である教通(のりみち)の乳母となります。当時、女性が権力者の乳母となることは、名誉であるとともに、出世の早道だったようです。蔵命婦は以後、道長に重用されることになります。
●[ろ]蔵命婦の娘は百人一首にも収載された有名な歌人である(○)
「いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな」という歌をご存じだと思います。歌ったのは伊勢大輔(いせのたいふ)という女流歌人です。お父さんが大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)という中級公家だそうです。蔵命婦はその細君です。実母かどうかは不明ですが、最低でも伊勢大輔の義理の母ではあるそうです。
●[は]旦那も歌人。彼が40歳代で得た愛人に対して後妻打ちをした (×)
旦那は歌人で「祭主輔親集(さいしゅすけちかしゅう)」という歌集を上梓したこともあるそうです。ただし、「40歳代」ではなく、「50歳代」です。蔵命婦は離婚はしていませんが、なにしろ時の大権力者道長の5男の乳母です。忙しい。当時の乳母は、いわばマネージャーとか秘書室長のような立場だったとのこと。事務処理能力も必要なら政治力や情報収集力も必要だったようです。当然ながら、旦那の世話は昼も夜もおろそかにならざるを得ません。
●[に]源氏物語のモデルにもなった後妻打であった(○)
参考資料*1には、その可能性が高いと記されていました。源氏物語の中にも後妻打の場面があるんですね。
●[ほ]2回とも公式な捜査がなされたが、蔵命婦や旦那にとくにお咎めはなかった(○)
最初の事件は寛弘7年(1010)2月18日だったそうです。教通の警護の兵士や下女に命じて、愛人宅に押しかけさせました。捜査にあたった人の報告では、「内財雑物破損極非常也(めちゃめちゃですわ)」とのこと。第2の事件は長和元年(1012)2月25日の午前8~9時ごろだったようです。このときは、夫の邸宅を襲撃したそうです。記録にないため、前回と同じ愛人が原因で行なわれた後妻打かどうかは不明です。どちらの事件も道長に報告が届いているようです。でも蔵命婦や旦那、関係者が咎められたという話はないようです。
○それにしても、後妻打はやはり自分で赴き、自分で壊してまわるべきですよね。蔵命婦のように人にやらせていてはガス抜き、ストレス解消になりません。後妻打ちの正道からはずれる行為と思われます。
◆参考*1:書籍「ストーカーの日本史」川口素生著、KKベストセラーズ
◇HP「風俗史上の奇習。『うわなりうち』という習慣をご存じですか?」
http://blog.q-q.jp/200702/article_12.html

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