江戸時代、宝くじの最高賞金額はいくらだったの?

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問題:●江戸時代には、富くじ、突き富(つきどみ)、富突き(とみづき)などと呼ばれる宝くじがありました。私的なものは寛永のころ(1624~1645年)から行なわれたようです。あまりに盛んになり、風俗紊乱(びんらん)のおそれありと元禄のころ(1688~1705年)には、幕府がいったん禁止したようです。
●幕府が公認した富くじの最初は、享保20年(1735)に谷中感応寺(やなかかんのうじ)で行なわれたものと言われているそうです。
●では、江戸時代の富くじの最高賞金はいくらでしょうか?
□百両(約1000万円)
□千両(約1億円)
□万両(約10億円)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)


























正解:千両(約1億円)
説明:●富くじは落語ではおなじみのネタです。関東でいえば「宿屋の富」、関西でいえば「高津(こうづ)の富」。関東には「富久(とみきゅう)」もありましたね。
●賞金百両の富くじもあったようですが、一番高いのは千両だったようです。一等は「突き留め」と呼ばれていました。一両を10万円と考えると1億円でしょうか。二番目が五百両とのこと。「二番富」と呼ばれたらしい。落語によれば三番目の三百両まででお終いになっていたらしい。
●賞金は現在とさほど変わりません。でも発行枚数はグンと少なくなっています。そのかわり一枚ずつは高いらしい。一分(いちぶ)といわれます。一両を10万円で計算すると、なんと2万5000円です。
●あまりにハイリスク・ハイリターンですね。嘘かホントか富くじがはずれて首を吊った人もいたらしい。官許の富くじ興行も風俗紊乱にはかわりがないようですね。
●あまりに高すぎるというので、文化のころ(1804~1818年)には一朱(いっしゅ)、つまり6250円ほどに値下げした札も登場したようです。その影響でしょうか、江戸時代を通じて、文化文政(1804~1830年)のころがいちばん富くじが盛んだったそうです。月に20回以上も開かれたという話もあります。
●最初にあげた落語では、町人が聴いた話ではすべて「一分」で富くじが購入されています。落語の中では、みんな「突き留め」を当てています。首を吊らずに済んでよろしうございました。
◆参考:書籍「生かしておきたい江戸ことば450語」初版135頁、澤田一矢著、三省堂
◇HP「歴史を訪ねて 富くじ」
http://www.city.meguro.tokyo.jp/info/rekishi_chimei/category/rekishi/toubu/05.htm

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