終戦直後の大ヒット曲、「♪リンゴの唄」の作詞者は誰なの?

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問題:●戦後すぐに大ヒットした歌謡曲「♪リンゴの唄」を歌ったのは並木路子(みちこ)さんでした。う~ん。よく見ると軽い冗談のような名前ですね。
●作曲は万城目正(まんじょうめただし)氏でした。戦前から戦後にかけてのヒットメーカーだそうです。では、作詞者は誰でしょうか?
□西條八十(やそ)
□サトウハチロー
□北原白秋(はくしゅう)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)




























正解:サトウハチロー
説明:●サトウハチロー氏は明治36年(1903)に生まれ、昭和48年(1973)に亡くなっています。お父さんは、作家の佐藤紅緑(こうろく)氏です。少年小説の分野で一家をなした人です。「あゝ玉杯に花うけて」などの作品があります。今でも活躍中の作家佐藤愛子氏は、サトウハチローの異母妹とのこと。「戦いすんで日が暮れて」とか「血脈」などの著者ですね。
●サトウハチローは問題児だったらしい。早稲田中学を中退しています。学制が違うので、今なら高校中退というところでしょうか。その後、留置場などに出入りするようになり、小笠原島の感化院に入院させられます。
●感化院で会った人物に影響を受け、退院後、詩人西条八十に弟子入りします。そこから彼の詩人人生が始まるようです。
●童謡の作詞で見せた才能は父親譲りです。いや、父親勝りかな。「♪誰かさんが誰かさんが誰かさんが~」で始まる「♪ちいさい秋みつけた」、あるいは「♪かわいいかくれんぼ」、「♪わらいかわせみに話すなよ」など、多くの著名な作品を残しています。
●歌謡曲では、「♪リンゴの唄」の他に「♪うちの女房にゃ髭がある」なども手がけました。若い方はご存じないでしょう。パピプペパピプペパピプペポ。そうそう、フォーク・クルセダーズの歌った「胸に沁みる空の輝き」じゃなかった「♪悲しくてやり切れない」もサトウハチロー氏の作品ですね。
●酒豪で知られます。とくにビールが凄かったそうで、15分ごとに大瓶1本ずつ、何時間でも飲んでいたという伝説を聞いたことがあります。若いころみんなで真似してひどい目にあったことがあります。
◆参考:HP「サトウハチロー – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%8F%E3%83%81%E3%83%AD%E3%83%BC

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