明治の地味な偉人青木周蔵とペルー事件の青木盛久公使の関係は?

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問題:●江戸から明治にかけて生きた青木周蔵(しゅうぞう)という人物がいます。どんな人物でしょうか?
□冒険家
□外交官
□実業家
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)




























正解:外交官
説明:●青木周蔵は町医者の子供として弘化元年(1844)に生まれました。高名な蘭学医、青木周弼(しゅうすけ)の弟、研蔵(けんぞう)の婿養子となります。
●青木周弼は、シーボルトに学んだ蘭学医で、日本で初めて種痘を試した人だそうです。当時の医学界のトップランナーだったようです。研蔵はやはりシーボルトに学び、後には明治天皇の大典医になったとのこと。
●明治元年に藩の留学生としてドイツに洋行します。明治6年に外務省に入省。このあたりから、医学界を離れ、外務官僚としての人生が始まります。
●駐英公使、駐オーストリア、オランダ各公使を経て、第一次伊藤内閣の外務次官、第一次山県内閣、第一次松方内閣では外務大臣を歴任しました。大正3年(1914)に亡くなっています。
●ところで、医学への道から役人の道へと角を曲がったとき、何があったのでしょうか? やっぱ女に振られたのかな。消毒薬臭い人は嫌いとか言われちゃったりして。もちろんまるで勝手な憶測ですけど。
●余談ですが、平成8年(1996)、ペルーで日本大使公邸が占拠された事件がありましたね。あのときのペルー公使青木盛久(もりひさ)氏は、青木周蔵の曾孫だそうです。
◆参考:「青木周蔵 – Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E6%9C%A8%E5%91%A8%E8%94%B5
◇HP「青木周蔵|近代日本人の肖像」
http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/1.html?c=4

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