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問題:●川柳の古典的句集に俳風柳多留(はいふうやなぎだる)があります。 ●この編者の1人でもある川柳作家「呉陵軒可有」の名前には、どんな意味があるでしょうか? □よろしくお取り計らいを □料亭で会いましょう □堪忍して下さい (答えはずっと下↓ スクロールして下さい) ●●●★●●● 正解:「よろしくお取り計らいを」あるいは「堪忍して下さい」 説明:●俳風柳多留の編者は呉陵軒可有(ごりょうけんかゆう)という人だそうです。初篇の前書きに彼の名前があるとのこと。選者は柄井川柳(からいせんりゅう)、その他の犯行と見られています。 ●「柄井川柳」は、「川柳」という名前の由来になったらしく、こちらは業界の大元締のような存在ですね。 ●両者とも俳風柳多留の担当は初篇から二十数篇までのようです。なにしろ百六十を超える篇があるロングシリーズです。途中から選者も編者も交替が必要です。 ●呉陵軒可有は「御了見可有」という慣用句をもじった名前とのこと。「堪忍して下さい」という意味、あるいは「よろしくお取り計らいを」という意味があるそうです。「宜しく御了見可有との御意(ぎょい)」(よろしく取り計らいを頼むとの殿様の意向)などと使います。 ●川柳を楽しむ人が集まって句会を催します。それぞれ匿名で句を作ります。幹事が集めて、皆の前で一句ずつ読み上げます。参加者がそれに点をつけます。高得点だった句の作者には、賞品が出たりしたらしい。 ●呉陵軒可有氏は、いつも賞品をさらってしまう人だったとか。「な〜んだ、またあんたかね」という軽い羨望と嫉妬の声に、「ご了見、ご了見」と答えていたところから、この名前がついたと言われます。 ●もちろん筆名です。本人がどんな人だったのか、諸説あってはっきりしません。神主説、武士説、大店の隠居説などが認められるそうです。今のところ謎の多い人物です。亡くなった年は天明8年(1788)。江戸の中期から後期にかけて生きた人のようです。 ●ご了見さんの川柳。「二人とも 帯をしやれと 大屋いひ」 。若いご夫婦なんでしょうか。昼日中、大家さんが訪ねてみるとそんなことになっていたようです。 ●そんなネタばかりではありません。「はねの有 いひわけ程は あひるとぶ」。ちょっと一茶っぽいですかね。辞世の句は、「雲晴れて 誠の空や 蝉の声」。なるほど、そこはかとない明るさ、楽しさ、軽さが伝わりますね。 ◆参考:HP「呉陵軒可有」 http://www32.ocn.ne.jp/~senryu/goryouken.html ぬけられます→日本語雑学クイズ一覧 |
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「本降りに なって出て行く 雨宿り」は川柳の創始者柄井川柳(からい せんりゅう)の作品なの?
●●●★日本語★●●● 問題:川柳は、俳句より少し遅れ、18世紀中盤から後半にかけて盛んになったそうです。創始者とされるのが柄井川柳という人物です。享保(きょうほう)3年(1718年)に浅草の名主の家に生まれ、寛政(かんせい)2年(1790年)に亡くなっています。芭蕉(1644〜1694)よりはだいぶあとの人です。与謝野蕪村(ぶそん、1716〜1784)とほぼ重なった人生です。小林一茶(1763〜1828)よりは半世紀ほど前に生まれています。田沼意次(おきつぐ)や平賀源内と同時代でした。... ...続きを見る |
町人思案橋・クイズ集 2010/05/20 07:28 |
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