鑑真を日本に招いた理由はなに?


問題:天平勝宝(てんぴょうしょうほう)6年(754)、唐の僧鑑真が日本にやってきたのは、授戒(じゅかい)をするためだそうです。授戒とは戒律を授け、戒律を守ることを誓わせる儀式です。
●では、なぜわざわざ日本まで鑑真はやってこなければならなかったのでしょうか?
□ 仏教の乱れは正式な授戒師がいないせいだと考えられたから
□ 仏教が盛んになり、授戒師が不足していたから
□ 時の天皇にお告げがあり、唐の授戒師を呼ばねばならなくなったから
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)




























正解:仏教の乱れは正式な授戒師がいないせいだと考えられたから
説明:当時の仏教は乱れていたそうです。出家をすれば税を免れます。誰も彼もがいい加減に僧になろうとします。
●心ある指導者たちは、正式な授戒が行なわなければ、仏教を正しい道に戻すことができないと考えました。そこで、唐の仏教の指導者を招くことにします。
●鑑真は、唐でもたいへん知られた名僧だったそうです。日本行きを希望する者を弟子たちの中から募ります。でも誰も手を挙げません。やむを得ず、みずから日本に出向くことにします。
●小説等でも知られるように、鑑真の日本行きはたいへんな苦難の道でした。船の難破、漂流、役人による誤認逮捕、さらには鑑真の弟子たちの引き留めにあい、なかなか日本にたどり着きません。
●天平勝宝6年(754)に難波津についたときには、鑑真は盲目になっていました。船団の別の船で一緒に帰ってくるはずだった阿倍仲麻呂は、中国沿岸に漂着し、帰国はなりませんでした。
●現代の日本でも税逃れのために宗教法人を運営しているものは数多いはずです。この連中を一掃するためには、現代の鑑真が必要です。
●鑑真は中国人には稀有な人物でした。無欲で真摯。情熱を持ちながら怜悧。こんな人が現代に1人でもいたら日中関係も少しは変わるのでしょうが。
◆参考:書籍「学習まんが 少年少女日本の歴史3 奈良の都」初版78~107頁、児玉幸多監修、小学館

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この記事へのコメント

三毛猫
2015年06月02日 17:49
この時、帝都を辞す安倍仲麻呂に送った李白の美しい漢詩が好きです。当時は、日本に来る事は、大変だったのですね。今じゃ、偽ユダヤの高麗犬達の葬化、盗溢が政権とがっちり結びついてますし、昨今お騒がせの神社等油撒き男は、カルトIMMの金山昌秀という帰化人って知りました。キムチテレビが名前を伏せるって事は、偽ユダヤが背後にいるって想像つきます。時代は繰り返すんですね。
三毛猫様<素町人
2015年06月03日 22:47
コメントをありがとうございます。

 天平勝宝(てんぴょうしょうほう/てんびょうしょうほう)6年(754年)、仲麻呂の乗った船が沈んだと聞いた李白は、「明月不帰沈碧海」と詠んだそうですね。でもその翌年、漂着先のベトナムから仲麻呂は帰ってきたらしいのですが。
 仲麻呂はきっと当時の首都長安に戻ったのでしょう。でも、李白はこのころ、長安にいなかったのかな。再会できたのかどうか、知りたいですね。
(^^;)

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